![]()
今回のインタビューでは、日本人の男性と結婚し、家事に、二子の育児に奮闘している金愛蘭さん(二七歳)に、実際に日本人男性と結婚して感じること、考えていることを聞いてみました。金愛蘭さんは、青年会の任員ではありませんでしたが、八七年に青年会中央本部で事務員をしており、自分なりの生き方や価値観を持っています。そんな彼女に、結婚とは、そして日本の人と家庭を持つとはどんなことなのか、聞いてみました。
![]()
__旦那さんとは高校の時の同級生だったんですね。じゃ、青年会で働いていたときにはもう、お付き合いしていたんですか。
ええ、付き合っていました。
__日本の人とお付き合いをしていて、青年会で、しかも中央本部の職員として働いていて、何か自分の中で考えたこととか悩んだことはありますか。
私は今まで青年会の行事にはほとんど参加したことがなく、同世代の在日の友達をつくるのもいいんじゃないかと思って、中央本部の方で仕事を少しさせてもらってたんです。自分が在日韓国人であっても、他の在日と接することもなかったし、日本の人と付きあっていても、いずれは結婚という問題で、相手に対してはっきりと、「自分自身を隠さずにやっていけるのか」を自分の課題にして、社会勉強のような意味で(青年会で)働いていたんです。
親のことや妹のことを考えると、やっぱり長女だから、私が日本の人と結婚するのはどうかと考えたりもして…。
__その時の愛蘭は本当にごく普通の在日韓国人の女の子で、それなりに悩んだわけですね。
そうですね。彼とは十七歳の頃から付きあってきたのですが、二十歳の時に、これでいいのかと悩んで、相手にもそのことを話して…そういう思いが自分のなかに出てくると何か負担になってきて、関係がギクシャクしてしまったんですね。ギクシャクしてくるというのは私自身の中だけであって、相手はそうじゃなかったのかも知れないけれども…結局、別れましょうとなって、半年位いろいろ考えたんですよね。なぜ韓国人は日本人と付きあっちゃいけないんだろうとか、長女だから、家族のことを考えて自分を犠牲にしなくちゃいけないのかとか…そんなことを思ったりして結局、半年後くらいに、また付きあうことになったんですけれども…。
__お互いの両親に反対されたということはなかったんですか。
うちの親は反対でしたが、相手の両親は賛成してくれましたね。
__家での反応はどうだったんですか。
アボジ・オモニは、一世なんですが、主人と両親が揃って「私を下さい」と来られてからというもの、毎晩のようにアボジ・オモニに呼ばれて、日本人と結婚するとどうなるかとか、私も両親も泣きながら、いろいろなことを話し合いました。
__でも結局、結婚を認めてくれたんですね。
はい、一応、認めてはくれました。
__たとえば相手が日本人だと、披露宴などに「チマチョゴリを着ないで下さい」と言われることもあるようなんですが…。
私の場合は、付き合っている頃から、相手に自分が韓国人だということを話していたし、結婚する時もそのようなことはありませんでしたね。逆に私の方から主人になる人に「パジチョゴリを着てほしい」とお願いするほどだったんですよ(笑)。
__彼、似合ってましたか。
みんな、孫悟空みたいだって(笑)。
__でも、相手の両親はどんなふうに言ってたんですか。
自分の息子が韓国の民族衣裳を着るのに何の抵抗もなかったようですね。ただ、結婚式の時も相手の親の方は男の子しかいないんですね。だから日本の人にとってみれば、嫁をもらうにしても嫁がせるにしても、特に女親にとっては娘にしても嫁にしても、白無垢を着せたいという思いがあったので、そういう思いを私自身受け取って白無垢を着たし…だから自分の息子がパジチョゴリを着るのはいやだということはなかったようですね。
__相手の両親も偉いけど、愛蘭も偉いね(笑)。
__今度は結婚してからの話を聞きたいんですが、たとえば韓国人だったらお正月とか、法事とかいろいろ行事がたくさんあるでしょう。そういう部分でとまどったことはないですか。
ないですね。誰にいわれるまでもなく韓国式の風習と日本式の風習との違いというのはわかるじゃないですか。自分自身、日本の人のところへ嫁いだという気持ちでしたから、とまどうということはないですね。たとえば、煮物や何かの料理にしてもお義母さんがつくるのを見て「あぁ、こうやって作るんだ」と、かえって学ぶことがあったりしますね。
__日頃の食生活なんかはどうですか
あいかわらずキムチは食卓にでていますね(笑)。
__旦那さんはキムチは食べれるの。
最初は食べれなかったんですよ。それが、今はどうしちゃったんでしょうねぇ(笑)。私が顔負けする位、よく食べるんですよ。辛いのも全然平気で、チャンジャ(韓国風塩辛)なんかもよく食べるし、チェサなどででた肉なども酢味噌をつけて食べたりとかしますね。それで、残って持ってきたのを一緒に、フライパンでキムチとあたためて食べたりしてますね。
__在日の人でも、隠している人にとっては、食卓にキムチがのっていると、嫌がったり、お客さんが来ても出さなかったりしてますけど、愛蘭のところではそんなことはないんですね。
ええ、主人の友達が来ても、ちょっと辛い物をという時にはオイキムチを出したりしてます。主人の実家でも、お茶のお供にたくあんや白菜漬けの代わりに、キムチやカクテギがでてたりしています。うどんの中に入れたり、ラーメンの中に入れたりもするんですよ。
__子育ての方はどうですか。今はもう、子供さんも二人いるんですよね。上のお姉ちゃんの方は七・五・三だったんですか。
もう満四歳になるかな。
__チマチョゴリとかはもう着させたんですか。
はい、着せました。でも、お参りにいったのは着物、袴だったんですけれども、その後、実家に行った時にはチマチョゴリを着せたり、実家の身内の結婚式や何かがあった時にも着せて連れて行きます。それで、子供もきれいなものが分かるらしくて「ママ、ドレス(チマチョゴリ)着たい」って言うんですよ。普段も、洋服などを片付けていたりしている時チマチョゴリを見つけたりすると、着方も分からないのに自分で着て踊ってみたりするんですよ。
__今までの話を聞くと、日本の人なのに食生活に関してだけでなく、チマチョゴリのことも理解されているようですが、他には何か面白い話はありますか。
うちのオモニが主人の実家にキムチなどを送るみたいなんですけれども、ある日、夕飯を御馳走になりにいったんですが、おかずの何品かのうちにキムチがならんでいて、その日はたまたま、うどんが煮込んであったんですね。そのうどんをお義母さんが食べていたんですよ。何気なくふっと見てみたら、キムチをそのうどんの中に入れて食べているんですね。あっけにとられてじっと見ていたら「ラーメンや、うどんの中にキムチを入れるとおいしいのよ」ってお義母さんが言うんですよ。私、負けてるなって思いました(笑)。
__今までの愛蘭の話を聞いてると、韓国人と日本人の国際結婚の中でも恵まれた方だと思うのね。今までの話を聞いていると、まるで小さな韓日親善でもやっているような感じですね。
本当にそういう意味じゃ恵まれていますよね。自分自身を偽ったり、食べたいものも我慢して食べられなかったりすることもないですし…。
__愛蘭自身は自分の両親のことをアボジ・オモニと言うんですよね。
はい。
__でも旦那さんまでは言わないでしょう。
それが言うんですよ(笑)。ちゃんとアボジ・オモニで呼んでます。それで、私達の子供も本来だったらアボジ・オモニのことをハラボジ・ハルモニって言わなくてはいけないのに、私達の真似をしてアボジ・オモニって呼ぶんですよね。そういうのも、うちの実家にしてみれば、それが可愛くてしょうがないのかもしれないんでしょうけど…。
__ご主人の両親もアボジ・オモニっていう言葉を知ってるんですか。
はい、主人の仕事場が実家の家なので、現場へ出ない時は家の中で仕事をするので、十時と三時の休憩の時に職人さん達を家へ呼んでいろんな話をするらしいんですが、うちの実家の話になると「アボジが…」とか、「オモニが…」というふうに話をするんですね。それを私が端から聞いていても、すごく自然に口から出てくるような感じなんですよ。そんな時、本当に私は日本の人と結婚したんだろうかと思ってしまいます(笑)。
__そんな、何の障害も問題もない所で、愛蘭が実際に帰化ということを考えたのは、いつぐらいからですか。
そもそも結婚前から帰化の話はでていたんですが、私自身日本の人と結婚したからといってすぐ帰化しなければならないとは思っていなかったんですね。そんな気持ちのまま子供が生まれて、検診の時に台帳があって、それは住民票を基本にして作られたものだと思うんですが、そこに母親である私の名前が載っていないんですよ。それまで私はそのことを知らなくて、何かのきっかけでその台帳を見ることができたんですが、担当の人と話をしていて私の名前がないことを知ったんです。担当の人に「あなたの名前が載ってないみたいですが、もしかして外国の方ですか」と訊かれて「はい、韓国人です」と答えたら、「早く帰化した方がいいわね」と言われてしまったんですね。別に言われたから帰化しようと思ったんじゃなくて、お腹を痛めて子供を産んだのに、私を親として認めてくれないのがやっぱり悲しいし…。それがきっかけといえばきっかけなんですけれど。
__それは子供とかご主人には認められているけれども、法的には認められていないというのが悔しかったのかな。
悔しいという思いと、悲しいという思いと…。
__でもね、今はもう国籍法というのもだんだん変わってきているし、子供が成人するまでは二重国籍で、成人してから自分で国籍を選択できるようになるんですよね。
そうですね、私と主人との間で子供が二十歳になったら、子供に国籍を選択させようという話もあったんですよ。でも身内で、やはり日本人と結婚した人がいて、その人の話では韓国人は選択できないというので…私もろくに調べずにそれに納得したんですけど…これからは、できるんですかね(笑)。
__私もそういう話をよく聞くんですが、母親の立場としてやっぱりつらいですよね。
そうですね。私はこの子の母親なのに、外国人というだけで公には認めてもらってないんだなと思うとね、帰化をしなければ認めてくれないんじゃないかって…。あと、お義父さんが町の議員をやっていて、任期を終えてまた選挙に出る時に、一票でも多く票をとらなければならないから、私も一応家族の一員として認めてもらっているので、一票でも多くとらなければと言う意味で言ってるんですが、帰化をしないのかと話をもちかけられたというのも一つのきっかけですね。向うの親にしてみれば日本の人と結婚して日本で暮らす以上、日本国籍をとっておいた方が生活しやすいんじゃないかという気持ちもあったんじゃないかと思います。
__愛蘭の御両親は帰化に対してどうだったんですか。
結婚が決まった時に帰化するように言われました。最初、日本の人と結婚するときには大反対だったけれども、やっと認めてもらったとき“結婚したら子供も生まれるし、いろんな問題も出てくるから帰化しておきなさい”と言われました。だから帰化に対しては特に問題はなかったです。でも、両親にしてみれば悲しかったかもしれないけど…。
__実際に、何の不自由もないところで、日本の人と結婚しても私達が知っているキム・エランと言う状態で生活してきたと思うのね。だけど子供が生まれると、ふとしたきっかけで、自分は韓国人なんだと身につまされる経験があるんですよね。
そうなんですよ、本当に。でも、日本の人と結婚したからって私が私でなくなることもないわけだし、食事の時でもキムチを食べたりするし、実家に帰ることがあれば、自分は韓国人なんだと思いますし…。
__帰化申請の方は出したの。
はい、今年(一九九二年)の四月に出しました。許可が出るまで、一年半から二年と考えて下さいって言われました。
子供の国籍は本人に選択させたかった
__四月に申請を出して今の気持ちというのはどう。
書類を出して、たとえば違っている事項の問い合せなどで法務局から電話がかかってきた時も“あっ、帰化申請を出してたんだ”と、はじめて思い出す始末で…連絡がなかったりすると忘れてる程なんです。だから普段は何も考えていませんね。ボーッとしていたりして(笑)。帰化をしたからと言って、私自身が変るわけではないですからね。でも、確かにちょっと寂しいなという気持ちはあります。書類上のことではあるんですけれど…。
__旦那さんとは帰化のことで何か話をしましたか。
はい。主人に「やっぱり帰化は早いとこした方がいいのかな」と話したら「いや、そんなにあせる必要はないよ。子供が小学生くらいになった時に改めて考えてみれば…」と言ってくれたんです。だから帰化を強制された覚えはないし、私の方もそういうような問題も踏まえた上で結婚したわけだから、相手が私に対して「ああしろ、こうしろ」と強要されているわけではないんです。
__帰化した時にはもうキム・エランという名前がなくなってしまうんですけど、そのことについてはどう?
そんなに深く考えたことはないですね。公には使えなくなるけど。でも、少なくとも青年会で知り合った人達は私のことをきっと「エラン」と呼んでくれると思うし…。なくなってはしまうけれど本名を使ったのは、数少ないし…でも愛着はありますよね。
__旦那さんと愛蘭には、子供に国籍を自由に選ばせてあげようという気持ちはあったんですね。
気持ちはありました。私は帰化してしまうけど、将来子供たちがどう思うか分からないし、その時によっては、また私も国籍を取り戻したりするかもしれない(笑)。
__愛蘭達は、自分自身で良い環境を造っていける夫婦なんじゃないかなと思います。たとえば、いくらきれいでも子供にチマチョゴリを着させないという家があって普通だと思うし、その中にあって自然に韓国の文化を取り入れていける旦那さんだし、名前のことだって驚きました。韓国式でも考えていたなんて…。
えぇ、考えていたんですよ。
__それでは最後に聞きたいんですが、時代は変ってきているけれど、青年会の中でも昔に比べて日本の人とお付きあいをしていて悩んでる人が増えてきてると思うんですね。そんな人達に先輩として一言。
結婚は最終的には自分自身が決めることなんだけれど、これは二人だけの問題ではなく、家族も全部含めてのことだから、相手の親の家族や親戚の中で一人でもやめた方がいいという言葉が出たなら、あまり勧められないですね。やはり生活は日本の人と全然違うし、自分自身、日本の人に嫁ぐんだという覚悟があったにしても、もし相手の両親があまりよく思っていなければ、どうしてもメゲると思うんですよ。だから、良いパートナーと良い環境を見極めて欲しいですね。それと、私達夫婦はあまり隠しことをせずに、自分がこうじゃないかと思ったことを、たとえ喧嘩になっても言い合うんですよ。私、絶対負けないんですよ。気が強いし。
__それはまさに韓国人という感じですね(笑)。
うん、一世の血をバリバリ受けてるのかも知れない(笑)。たとえばその中の一つの問題が、お互いの親のことであっても、私が直接文句を言ったらやっぱり角が立つじゃないですか。だから夫婦でまず話をして、それでお互いが納得したら親に話すんです。角が立たないように、親子だからやっぱり…そんな感じで私達はやっています。でも、妹や親にはグチは言いますよ。まぁ、グチを言ってるうちはまだいいじゃないですか。黙ってしまったら、それこそ何を考えているか分からないというふうになってしまうので、私の親も「あの娘は、あんまり黙っていないんだろうな」って言ってると思うので、そういうことが出来るうちは幸せなんじゃないかなと思います。
__愛蘭は、一言で「結婚する」というのはどういうことだと思いますか。
実際に結婚してるけど、結婚するって一体何なんだろう。本当は、結婚しなくてもいいと思ったこともあるけど…。
__たとえば、結婚は生活するってことだとか…。
それはもちろんですよ、現実問題ですからね。金銭的なこととか…でもパートナーがいるというのは、良いこともあるけど、七面倒臭いこともあるし、やはり自分の思う通りにいかないこともあるじゃないですか。ぶつかりあいもあるし…なんか私は勢いでいったというようなところもあるから(笑)。
__じゃ、愛蘭にしてみれば結婚というのは勢いなのかな。
勢いだったかも知れない。この人ならいいかなっていうのと、若さに任せてっていうのと…今だったらもうちょっと考えてたかもしれない。
__そうかもね。結婚観って、年齢と共に変っていくものだからね。
そうですね。実際に結婚して生活していても、もう一度あの頃に戻れたらって、何度夢見たことか(笑)。やっぱり完全には自由でなくなりますから。まあ、自分の時間の使いようかもしれませんけど、子供がいるうちは自由ではないし…結婚は大変ですね(笑)。
__今日は子供たちを周りに、長い間ありがとうございました。
いいえ、お騒がせしてすみませんでした。
[目次へ]