特別寄稿 (18号掲載)

かっこいい在日、ステキな在日韓国人と呼ばれたい
〜民族の就縛から解き放たれよう〜

在日韓国青年会中央本部 会長 崔喜燮

■     二十年間の声無き闘い

「私は二十年間闘ってきたんです」
 その女子学生の目は潤んでいた。在日韓国・朝鮮人として生まれて、日本の教育を受け、同胞の友人と出会うことなく、二十年間本名(民族名)を貫き通してきたのである。彼女は果たして、「何」と闘ってきたのだろうか。
 最近、在日韓国人をテーマにした論文を書きたいということで、多くの大学生が私の勤める青年会の事務所を訪ねてくる。 在日韓国人の現状や民族差別の事例などについて話していた時、彼女の口からでたその言葉は、憤りとも悲しみとも思える響きをもっていた。
 活動の性質上、様々な在日韓国・朝鮮人の青年と会うことの多い私だが、数年ぶりに大きな衝撃を受けた。彼女は美人で明るく、礼儀正しい。このごろの若い人とはいいたくないが、そういいたくなるくらい好感の持てる学生さんだった。その彼女が、なぜ在日として生きてきた自分の出自や、環境を肩をたたきあいながら喜べないのか。
 私たち在日韓国・朝鮮人を取り巻く環境はまだまだ厳しいようだ。

 話を戻そう。彼女の感情が高ぶったのは、「日本社会にある在日韓国・朝鮮人差別はまだどの程度あるのか」といった話題の中でだった。
 私の基本的なスタンスは、「人間らしい暮らしをしていく上で障害であった多くの行政差別は解決された。残るは日本人の意識の底にある差別だ。それは私たちの努力で変えるしかない。法的な地位では、地方参政権でも獲得しようものならば、本国の人々よりも、日本の人々よりも在日は豊かに暮らしていける環境ができるのでは」である。

 蛇足であるが、先の韓国国会本会議で成立した在外同胞法によって、日本国籍取得者も内国人と同等の権利が認められることとなった。

■      負け犬根性から抜け出せない、私たち「在日」

 彼女が闘い続けてきたのは、果たして日本社会での差別なのか。私は違うと思う。彼女を日本社会と闘わせてきたのは、韓国の国際的地位が向上し、日本の内なる国際化も徐々にではあるが進んできているにもかかわらず、今だ民族的な劣等意識、負け犬根性から抜け出せない、私たち同胞社会自身なのである。

 具体的に説明しよう。まだまだ多くの在日韓国人は、自分たちの民族的劣等感を日本社会の排他性に帰結する傾向が強い。民族名を名乗れない、就職がうまくいかない、出会いの少なさから国際結婚をしたetc…。こうした問題は、一昔前ならいざ知らず、現在の日本社会では通じないと思う。まずは韓国人(外国籍)である限り、日本人とは何らかの差違がある。それは程度の差こそあれ、全世界で共通する外国人のおかれている現状であろう。依然「内外人平等」は理想であって現実ではない。それが実現されるには、あと数世代を待たなければならない。

 根本的な問題は、韓国・朝鮮人が特に他の外国人よりも過酷な差別に呻吟し、人間以下の生活を強いられているのかいうことである。

 否、ソウルオリンピック以来の韓国ブームは、W杯サッカー韓日共催の決定と金大中大統領の登場により、頂点に達しようとしている。日本人の外国旅行先は、ハワイを抜いて韓国がついにトップにたった。私たち青年会でもW杯韓日共催が決定するやいなや、両国の真の信頼関係構築に、「架け橋」として少しでも役立とうと、W杯共同開催記念自主応援歌を制作し、日本の津々浦々でキャンペ-ンを展開してきた。有料のCDはすでに七万枚頒布された。日本著作権協会によると自主制作での七万枚頒布は決して少なくないと聞く。反響の大きさは推して知るべしである。またそれと平行し、共同開催をテーマにしたフットサル大会の開催を通じ、韓国駐日企業駐在員、韓国留学生や「普通の日本人」との「普通の交流」をひろめてきた。

■     日本人は何も知らない、それは当然?

その中で感じたことは、私たちの接する多くの日本人は、何も知らないのである。韓国と日本の過去の不幸な歴史も、在日がなぜ日本への居住を余儀なくされたのかも。

 それはある意味では当然である。彼(女)らを追求し、詰問する問題ではない。彼(女)ら自身も誰にも教わっていないのだから。私たちが「韓日の架け橋」として、多くの日本人との交流を通じて、まずは信頼関係づくりからはじめる。そして過去の歴史の間違いや、これからの韓日関係の在り方を、ただ振り返る続けるだけではなく前向きに考えていけばいいのである。

 変に過去のことにこだわらない分彼(女)らは、きわめて純粋で、韓国留学生や在日との「国際交流」を真剣に求めている。昨年のフランスW杯でも、在日大韓体育会が史上初めて結成した日本人と在日韓国人による共同応援団は、当初の「無理だよ、日本人が一緒に応援するはず無いだろ」といった否定的な予想を見事に裏切り、定員をオーバーするほどの大盛況だったことは記憶に新しい。

 少々話は飛んだが、私の結論を言おう。現在、韓国ブームと金大中大統領の登場によって、在日韓国人は、心持ち次第で日本社会から十分に認知され、注目を浴びる存在になりうる環境にあるのである。

 これまでの「何者だかよく分からない、可哀想だ、怖そうだ、日本語のうまい韓国人」といった、私たちにとってあまり嬉しくない日本社会からの評価を、一変させる絶好のチャンスが到来したといえる。一九四五年の解放から、ハラボジ、ハルモニの塗炭の苦しみの代償として、私たちは今の「チャンス」を目前にするに至ったのである。生かすも殺すも私たち次第である。韓日の狭間で常に両者を意識してきた私たちが、韓国からも日本からも「違いの分かる存在」として、大きく脚光を浴びることは決して不可能ではない。「かっこいい在日、ステキな在日韓国人」と呼ばれてみたい。韓国人である自分の存在をマイナスから捉えるのではなく、在日であることが誇りであり、それ自身を人生の大きな励みとしたい。少なくても私は、次の世代がそうなれるよう、及ばせながらこれからも活動していきたい。

 ある女子学生の涙から、在日の可能性にまで話は及んだ。

 では、どうすれば現状の底なし沼のような現状から抜け出し、「かっこいい在日、ステキな在日韓国人」となって、日本社会から認知されるようになれるのだろう。

■     まずは、民族の呪縛から解き放たれよう

 多くの在日韓国・朝鮮人は、得体の知れ無い「民族」という怪物に翻弄されいていないか。「民族への愛着」「民族としての誇り」「民族教育の大切さ」「民族結婚の減少」「民族の言葉」etc…聞き飽きるほどの「民族」の氾濫。しかも、その民族とは特別に定義されたものでもなく、個々人の思い入れや経験でしかない。大上段に民族を振りかざす者が、いったいどれほど「民族的」に生きているのだろうか。私は、職場から始まり、通帳、カード、保険、家庭に至るまで、すべてを民族名で統一している人をほとんど知らない。身内で日本人との国際結婚をしていない人を知らない。なぜ建前で「民族」を振りかざすのだろう。それによってある者は意固地になり、またある者は萎縮してしまう。

 例えば若い世代でも、この傾向は強い。サッカーの韓日戦を例にとろう。私は韓国を猛烈に応援する。それは韓国ファンだからであって、韓国人だからではない。ただ単に韓国というブランドが好きだ。韓国が負けようものならいても立ってもいられない。私は「民族として」ではなく、一人の人間として、自分が韓国ファンなのだということを意識しこそすれ、民族として、韓国人として、ということを極力意識しないように努力する。民族の陥穽(かんせい/落とし穴)にはまりたくないからだ。

■     「日本人とほとんど変わりません」

 この頃は、大変おかしな話だが、韓国を応援する三世・四世に何か違和感を感じる。そもそも青年会の構成員は、日本の学校に通い、日本の教育を受けてきた。民族学校出身者ならいざ知らず、日本の教育しか受けていない彼(女)らが、家庭内ででも二世・三世の両親にこれといった民族教育は受けていないはずなのに、なぜ韓国を応援できるのだろう。しかも、韓国語や歴史についての学習には興味がない青年が、こと韓日戦だけには必死になる姿は特に不思議である。民族の呪縛にとらわれ、不自然に韓国を応援しているのかもしれない。成育過程でただ単に「日本人には負けるな」式の教育を通じ、植え付けられた間違った反日感情ではないだろうか。だから逆に、韓国青年会という看板を背負い、日本の人々と交流することに躊躇するように見える。なぜ、「日本人とほとんど変わりません。ただお爺ちゃんが、玄海灘を越えてきたんです」と、事実をありのままに表現できないのだろう。

 民族名を大切にしたい、舞踊や楽器といった民族の伝統文化を継承したい、歴史が一番だ、日本国籍を取得しても民族の誇りだけは持ちたいetc… 在日韓国人の「民族意識」は多種多様だ。それらのすべてを認めていきたい。ある種の「民族意識的なもの」を「別の民族意識的なもの」が排除したり、罵ったりするのは非常に残念なことである。

 日本国籍者も含め、日本中に散在する百万人ともいわれる在日韓国・朝鮮人の共通点を、これからは祖国への帰属意識や郷土愛だけでは括れない。唯一の共通点は、「ハラボジ・ハルモニが玄海灘を越えてきました。」しかないのである。このことを強く意識し、「自分だけが大切にしたい民族的な部分」を素直に認め、他者に強要せず、得たいの知れぬ「民族の呪縛」から解き放たれてほしいものである。

■     団体が発展のための「自己批判」

 日本社会から「かっこいい在日、ステキな在日韓国人」と呼ばれるためには、半世紀以上にわたり同胞の求心体となって来た、民族団体の役割にどうしても触れずにはいられない。しかし現在、多くの同胞は民族団体の存在価値を見失いつつある。民族団体の必要性を感じられなくなってきているのである。

 私は民族団体をこよなく愛している。民族団体が存続する限り、自分の能力やエネルギーを団体の発展のために注ぎたいと考えている。しかし、そのためには自己批判が必要だと考える。すべてを組織の論理で排除したとき、そこには無関心と無気力がはびこるからだ。

 私は立場上、民族団体の中心にいる。その中で見聞きするものは、非常識と傲慢と無知である。みながそれを知っているし、疑問をもっている。それにも関わらず、改善されない。このままではいけないこともみなが意識し考えている。まず私たちができることは何か。

 団体の命は「居心地の良さ」である。一部の方を除き大多数の団員は参政権がほしいから団費を払っているのではない。ましてや式典などで、役員さんの長い話、昔話、自慢話を聞くためでもない。同胞同士の繋がりから来る心の安らぎ、居心地の良さを団体に求めているのである。

 しかしその団体の役員さんは非常に権威的だ。自分が政治家にでもなったかのように振る舞う役員さんがいたりする。自分の任期中に団員宅を訪問し、同胞の現状をつぶさに見て回り、団員へのサービスを第一と考える、「団員と共に歩む」役員さんがどれだけいるのか。団員への奉仕を真剣に考え、私財をなげうち地道な努力を傾け続ける一部の役員さんがいるから団体は維持されているのではないか。多くの役員さんは、名誉欲と権威欲の権化と見えて仕方ない。もしそうだとしたら、これではいけない。団体の発展は難しい。創生期、団員の生活に密着し、様々な便宜を計らい生活の糧を提供してきた「生活者団体」は影を潜めたのであろうか。

■      支部の統廃合を通じ、優秀な実務者の育成を!

 民族団体の在り方を語るとき、特効薬を見いだせない。あまりにも課題は多く、解決する道は険しい。どうしても「本名名乗り運動の実施」「民族学校建設」といった姿勢論や机上の空論になりがちである。できる限り具体的な提案をするならば、優秀な実務者の育成であろう。

 民族団体の実務者の質は決して高いとは言えない。実務者を管理・指導する立場にある役員の質の問題などその理由も様々であるが、選りすぐられたものが実務者になるようなシステムが、不在であるからである。実務者の質を上げるためには、難しい話ではなく、給与体制を含めた待遇問題につきる。民族への愛着や組織への帰属意識だけでは、飯は食えないし情熱も長続きはしない。「俺は気持ちだけでやってきた」「給料を考えて民族運動するのか」と、民族運動の名の下にまさしく人生を賭して来た先輩たちを知っている。しかし、その弊害が今組織を蝕んでいるのではないだろうか。最低限の待遇があってこそ民族運動も成り立つのである。現在のイデオロギーなき「平和ボケ」といわれる時代にマッチすることも、民族団体の大きな仕事である。

 では待遇を向上させるためにはどうしたらいいのだろうか。

 全国に三百余ある支部の統廃合が一番効果的ではないだろうか。財政事業や財団づくりはよく囁かれる。それよりもまず、リストラを通じた組織の足腰強化が緊要ではないだろうか。今の支部の数は、解放直後の交通網が整っていない頃の支部の数である。思い切って支部を半分にしても、地域によっては異なるが十分運営していけるのではないだろうか。土地、建物の売却、リストラによる人員整理によって、運営費の確保が可能となる。その分若く優秀な実務者を今以上の待遇によって雇用できるのである。実際には、名誉だけの役職にこだわったり、誰も寄りつかない会館であっても、建築当事者としての愛着から、大きな反発が生まれ簡単には進まない作業であろうが、このままでは「座して死を待つのみ」である。解放直後からこの強大な組織を作ったときのバイタリティーと「再生」の志を持ってすれば、何とか実現できないものであろうか。

■     在日で生まれて良かった

 最後になるが、在日韓国・朝鮮人だからこそ幸せでもなければ、不幸でもない。

 ただ人間は、集団意識や同族意識を持っている。それは後天的につくられるものかもしれないが、私は集団への愛着、帰属意識を人間にとって不可欠な属性と考えたい。フランスで生まれた中国人がフランスに愛着を持ち、北海道で生まれたアメリカ人が北海道に愛着を持つように、在日韓国・朝鮮人として生まれた私たちは、「在日」としての帰属意識、集団意識を持ち続けていきたい。数十年ののち現在の青年たちが、ハラボジ、ヨンガンジェンイ、老人と呼ばれる頃、多くのその時代を生きる在日青年たちが、在日韓国・朝鮮人として生まれたことを、「日本人よりも本国、韓国の人々よりも幸せ」と思ってもらいたい。

※言葉足らずの表現も多々あったかと存じます。読者の皆さまの真摯な意見をお待ちしております


[Contents]