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アンニョン!インタビュー 黒田福美(17号掲載) 今回の「アンニョン!」インタビューは、俳優の黒田福美さんが登場。黒田さんは、俳優としてはもちろん、韓国番組のレポーターを数多くこなし、また執筆業でも活躍するという多才な女性。そんな韓国通として知られる黒田さんの、韓国をこよなく愛す理由を探る。 |
15年前の出会い
――黒田さんは、かなりの韓国通と言われていますが、韓国に興味を持ったきっかけはどんなことからですか?
黒田:私はとてもバレーボールの試合を見ることが好きなんです。今から十五年前に、テレビでやっていたバレーボールのアジア選手権で、韓国代表の姜萬寿選手のプレイを見て魅了され、「こんな素晴らしい選手を生んだ国とは、どんな国だろう」と思い、韓国に興味を持ちました。
――姜萬寿選手と直接お会いしたことは?
黒田:選手時代には、いちファンとして試合を応援に行っていました。サインももらいました。その後、私の本が韓国語で出版された時、選手を引退して監督をしていた姜萬寿さんが、私に会いに来てくださったんですね。その時今度は私の方が著書にサインを入れて差し上げたんです。もはや選手を引退して監督という立場でしたが、あえて「姜萬寿選手へ」と書きました。そしてこう言ったんです。「私の心の中には永遠に選手としてのお姿が残っていますから」と。すると彼も「僕もその方が嬉しいです」とおっしゃいました。まるで映画の一場面みたいでしたよ。(笑)
――すてきなお話ですね。黒田さんはテレビで拝見しましたけれども、本当に韓国語がお上手ですね。韓国語検定何級かお持ちなんですか?
黒田:いいえ。私は一九八四年に始まった、NHKのハングル講座で独学で勉強したんです。今現在日常生活ではまったく問題はないです。韓国のことを知りたいという気持ちで、一生懸命勉強しましたね。それと韓国人からも「日本人なのに言葉まで勉強し、韓国のことを紹介してくれてありがたい」なんて良く言われるのですが、それが又励みにもなりますね。
――でも、なぜそんなに韓国にこだわるようになったのですか?
黒田:私が姜萬寿選手と出会った当時の日本では、韓国の情報はほとんど入ってこない状況でした。なにしろニュース番組で報道するときにも、アナウンサーがイチイチ「朝鮮半島と当番組では便宜的に呼びます」などと断りをいれる時代だったんですね。NHKのハングル講座が始まった時も、タイトルを「韓国語講座」とするか「朝鮮語講座」とするか七年ももめた結果「アニョハシムニカ、ハングル講座」とタイトルを無国籍化する事でやっと実現にこじつけたんです。 こんなふうに韓国のことを報道することが大変だったからこそ、メディアの側にいる自分の立場を生かして何とか日本に韓国のことを紹介していきたいと思うようになりました。
やっぱり人情でしょう!
――百回以上も訪韓されているそうですが、黒田さんにとって、韓国の最大の魅力はどこですか?
黒田:やっぱり、人情でしょうね。例えば私が悲しいことがあって泣いていたとしたら、日本人の友人は何かあったんだろうと察して、そっとしておきますよね。けれどそれが韓国人なら「どうしたの? 何かあったの?」という事になり、果ては一緒に嘆き悲しんでくれたりする。そういう人情味のあるところが好きですね。
――では、逆に韓国人の問題点というのはどこですか?
黒田:韓国の人は、なんでもウリがチェイル(自分たちが一番)でしょう。それだと、どうしても井の中の蛙になってしまうじゃないですか。でもそう言うと韓国の人は「日本人は主体性が無くて真似ばかりが上手だ」って反論するんだけれども。いろいろなものを「見て」「学んで」知ったうえでチェイルならチェイルでいいと思います。けれど、ただやみくもに「チェイル」と言うのではグローバルにはなれないですよね。
――では、北朝鮮には行ってみたいと思いませんか?
黒田:これまで報道されてきた事に、果たして片寄りはないのか、という疑問はあります。そういう意味では是非、北側の文化や人々の素顔を自分の目で確かめて、日本に伝えたいという気持ちはあります。でも現実には難しいでしょうね。本来なら両方の文化を公平に日本に紹介したいというのが本当のところですが、それが出来ないのが残念です。
黒田福美=韓国?
――黒田さんは、我々在日韓国人社会でも、非常に韓国通として知られています。私などは黒田さんは実は「在日」だと思っていたほどですから。事務所の方では、はじめから「黒田福美」イコール「韓国」というイメージが定着してしまうことを良しとしていたのですか?
黒田:いいえ。はじめは「あなたも在日だと思われるからやめなさい」と言われましたし、「あなた一人の力ではどうにもならない」と言われたりしました。けれど、時代やニーズも変化しました。今は周囲の人も応援してくれています。又私自身も「韓国の私設広報官」のつもりで頑張っています。以前はどちらかというと戦後補償の問題や差別問題といった暗いテーマばかり論じられていた韓国が、いわば「色もの」である私のような者が明るく楽しい韓国を紹介する事で韓国そのもののイメージも変わってゆくと思っています。
――本来なら我々在日が、もっと日本社会へアピールしていかなければならないと思いますが、在日の芸能人が素性を隠す事実があるように、未だいろいろ問題が山積みで難しい状況です。そんな中、黒田さんの活躍にはげまされます。
黒田:在日の人には複雑な思いがあると思います。日本という国は、異文化を認めないところがあるんです。単一民族と言い張ったり、同じでなければダメだとか…。卵のように均一でなければならないとかね、だからファッションだってそうだし、自分がどうするか他の人の様子を見てから自分のポジションを決めるようなところがあって、そういう風な日本の社会のあり方の問題だと思うんですよ。私個人は、名前の問題についても、在日の方が本名を使おうが、通名を使おうが本来は自由じゃないかと思っています。本名を使わなければいけない、とかいうこと自体、実は非常に日本的な考えだと思います。要はさまざまなあり方を受け入れる体制があればいいわけで、日本社会の問題なのだと思います。
定番がいいじゃない?
――黒田さんの中で、まだ紹介できていない韓国がありますか? これからどんな風に紹介して行きたいですか?
黒田:そうですね。前は、テレビ番組で「キムチ辛〜い」なんて、やってるのを見ると「アホか?」って思うこともあったんです。韓国といえば「キムチと焼肉」といったお決まりの番組を見ると、まだそういうレベルの事ばかりやっているのか、と。けれどある時考え直したんです。「これでいいや」って。少し前まで日本では外国といえば“アメリカ”“フランス”“イギリス”“中国”って羅列される時に韓国っていう国名が登場することは、ほとんどなかったんです。やっと最近、韓国も日本の中で、アメリカやフランスなどといっしょに並べられ、紹介される国・アイテムの一つになったんだと思えたんです。今にしてやっと「外国」としての市民権を得たようなものなのです。今後は、二〇〇二年に向けてソウルばかりでなく、地方も紹介していきたいと考えています。
――それでは、韓国で一番好きな場所はどこですか?
黒田:やっぱりソウルですよね。まずソウルが面白くなければ、観光客も地方まで足を伸ばしてくれません。ソウルという街は生き物のように、行くたびに変わっていて、見切ったという瞬間がないんですよ。だから度々ソウルという街に足を運んでしまうんです。
――ちなみに黒田さんの韓国料理で好きなものは?
黒田:韓国料理はなんでも好きですよ。辛い料理も大丈夫ですし。でもやっぱりスープ料理系が好きですね。自分でも韓国料理を作るって言うとよく「黒田さんはキムチも自分で漬けるんですか?」と聞かれますけど、それはしません、やっぱり買いますヨ(笑)。
在日は文化の通訳士
――最後に在日青年にメッセージをお願いいたします。
黒田:これからは文化的な通訳の出来る人材が求められると思います。言葉の通訳ができる人は沢山います。日本人が、韓国で仕事をすると、お昼になったら現地の運転手さんが急にいなくなった、っていうことが、よくあるんですね。日本人は仕事第一で、仕事が終わるまで食事を取らなかったりするじゃないですか、でも韓国人はそうじゃない。ささいな事のようですが、その背景には日本人と韓国人の文化的な違い、考え方の違いがあるのです。そういう文化の違いを理解してうまく取りなせるのは在日でしょう。そういった違いを埋めて、どう取りなしたら両者が一緒に仕事を進めていけるのか、そういう知恵がこれからは必要になってくるはずです。これから二〇〇二年に向けて、日韓両国の人が手を携えて、共同で取りかからねばならない仕事が増えてゆくことでしょう。そんな時に韓国人の文化も日本人の文化も知っている在日でしかできないことがあると思います。これからも、在日特有の感性を大切にしながら、日韓の文化の通訳士として活躍して欲しいと思います。
intervewer Park-Kyong-yong Kan-Ye-jin
date 1999.6.12