高校サッカー界の巨星
桐蔭学園サッカー部
李国秀監督に聞く(12号掲載)
<元読売サッカークラブ (現ヴェルディ川崎)>
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■生年月日:1957年4月25日 |
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サッカーは朝鮮小学校から始めました。読売クラブには、一九七三年に人の紹介で入りました。
十一月に入団して、二月に一軍が東南アジア遠征に行くとき、高校生からも優秀な選手を二人連れて行こうということになって、僕と松木安太郎(元ヴェルディ川崎監督)が選ばれました。読売クラブとの出会いというのは、サッカーをやる場所を求めていったらそこだったということです。
大学もでていない在日韓国人に、有数の名門校で、サッカー部の監督ができているのは、ひとえに理事長の器の大きさだと思います。だから私もそれに答えなければなりません。
そのためにサッカーで日本一になることも大切だけど、それ以外にも大切なものが沢山あると思う。その結果日本一になれるならばなおさらいいと、当初から強く思っていました。
結果の日本一、世界一以上に、スポーツに携わった学生たちが、十八才で社会に出たときにサラッと、うまく社会に入れるように、送りだせればいいなと思います。日本の学校スポーツの場合だと、ただ単に学校の宣伝だったりする。だから、高校野球では「甲子園燃え尽き症侯群」とか、サッカーでも「国立燃え尽き症侯群」なんていう言葉があります。
実は以前、桐陰学園がヨーロッパ遠征にいって、三〇何年の歴史ある大会に出たんです。相手はみんなプロの下部組織。でもその大会で優勝したんですよ。でも勝ってしまえば何の意味もないことで、それよりもスポーツを通して少しずつお互いが成長していくことの方が大事なんじゃないですか。
ハングリー精神をかき消された人が多いんじゃないかな。親が苦労しすぎたのかもしれない。だから、在日の何も解決されていない問題の延長線を引きずっているんじゃないかな。三十代から下、我々の下の世代というのは、例えばコリアンタウンを作ろうだとか発想が豊かなんです。それは韓国人と名乗っても生きていける環境ができてきたのかもしれない。その突破口を僕なりに考えると、韓国という国のGNPが上がったとか、オリンピックをやったとか、国際的な地位が上がったとかそういうことがプラスに働いていると思う。端的に在日だけを見るのではなく、韓国の情勢や国際的な視野で見るとそういうことを感じます。いずれにしても大きく動いてると思います。
経済的な構造からいっても、二、三十年ぐらい前は日本で一旗あげて、パチンコ屋とか焼肉屋を営んで、そのお金を韓国に仕送りしたり、韓国に持っていって大きな顔したり。ところが今は日本もどんどん不景気になって、韓国のほうが急成長を遂げてきた。そこでふと我が身を振り返ると言葉が分からない、子供に民族教育をしていない。だから逆に引け目を感じてしまって、本国との隔離現象が出てくるわけですよね。
僕が在日として日本の社会に入っていく決心をしたとき、強く心に誓ったのは「後ろ指をさされないように生きていきたい。もっと前向きに韓国人でもできるじゃないか。外国籍でもやれることを自分なりに表現する」ことでした。
僕は十六才の頃から読売クラブという日本の社会で、李国秀という本名を名乗っていました。日本名を名乗っていて、あとから「あなた韓国人だったの」といわれるよりは、堂々としていた方がいい。そんな単純な感覚でした。
もうひとつは僕が日本代表クラスの選手になったとき「なんで韓国籍なの」といわれる問題でした。でも帰化をして国立競技場で、「君が代」は聞きたくなかった。今でこそ「李さん立派ですね」といわれますが、僕にしてみれば普通の感覚でした。それと同時に、周囲の皆さんや、自分の先祖に対しても少しは報いれたかなと思います。
Jリーグでは、日本の教育を受けていない韓国学校とか朝鮮学校出身者は、外国人枠になる。その辺の尺度がわかりません。
そういう所から社会をみても面白い。スポーツとか芸術から物事を見て行く方が、世の中はなんとなく分かりやすくて、何が問題かがすぐわかる。
芸術とかスポーツも、すごく心や感性を豊かにしてくれるものだと思う。しかし日本では、論点が少し外れ、「楽しいことはお金があることだ」という論点から、学術とかスポーツが商売ベースになる。だから芸術とかスポーツを発展させるためには、財源的なバックアップとか人的なバックアップがないとなかなか進まない。
スポーツ人という立場からいえば、スポーツというのは、健康になることだけが重要ではない。実はそこに規律とか礼儀とか社会性があって、少しずつスポーツを通して大人に近づいていくというのが、スポーツを通じた教育の原点だと思います。だけど今の教育現場は、伝える側も伝え切れていない。受け手も受け取りづらい。少なくとも指導者は、スポーツ等を通じて、自分を見失わない強さを伝えたり、勝ち負けをはっきりさせて、それをキチッと評価してあげることが大事です。
サッカーの指導者はサッカーだけじゃなく、財政的なことに関連して大蔵省の問題、指導プログラムにおいての評価基準を定める文部省の問題、サッカーを通じての外交における外務省の問題。この三つぐらいを把握しておかないと話にならない。特にサッカーは、日本ビジネスじゃなくて国際ビジネスだから、そういうことのわかる人間がやらなければならない。従って、国際政治や社会問題を知りたければ、サッカーから見たほうが早いかもしれない。 イジメっ子が悪い悪いっていってるけど、イジメっ子を指導できない学校の先生も悪い。
子供の目は「本物」を見たいんです。昔は本物の先生が多かったから、生徒もついてきた。だから、ただ給料もらいに来てるだけの先生はつまんないんです。両親は優しいし、学校の先生は何だか他人行儀だし。そこでアドバイスしてくれたり、注意してくれる大人が欲しいのかもしれない。
韓国は強いね。サッカーだけでいうとルールがある。韓国は能力のない子は次のレベルにいけない。しかし、能力のない子は、置いていくというシステムが、ある意味じゃ結果的に能力のない子たちに、新しい選択肢を与えてあげることになるんです。
もうひとつ、なぜ韓国のスポーツが強くなったかというと、勝った人間をしっかり評価する合理的なシステムがあるからです。一生食べていけるように報奨金も出しているし。日本はオリンピックで金メダルをとった人間より、東大出た人間の方がいい生活ができるから駄目なんです。
スポーツはそういう差がはっきりあった方がわかりやすいんです。韓国はその差をつけることに抵抗がない普通の国だからいい。「あの選手は強いんだから、報奨金で一生食べさせてあげよう」となる。ところが日本は「勝ったから何なんだ」という論調がある。
そういう意味では韓国の方がシステム的にはっきりしている。そこが韓国が日本をリードしている理由です。
サッカーで韓国が日本に負けることはあり得ないと思う。でも発想という面で少し問題がある。僕が韓国で指導したらもっと強くなるだろうね(笑)。
ヨーロッパ遠征に行った時、イギリスのチームと七〇分間のゲームをしたら桐陰学園が六十五分間ボールを支配していた。これはものすごく高いレベル。うちが九割ボールを支配しているんです。その試合の後、イギリスの監督が「ミスター・リーと話がしたい」というから話したことが、「あなたたちには伝統があるから、マニュアル通りものを動かす。でも僕等は違う。いま必要なことをどんどんやらせる。じゃなければ次の段階に入れない」と。これが僕の考えなんです。
だから上の段階から、「これぐらいできないと上にはこれませんよ」というやり方をする。指導者は勝った負けたではなく、次の段階に何人送り込むシステムを作ったかが問われるんです。
ところが今の現場にいる人たちは、それが分っていない。日本は平等主義で、広いところから押上げようとするから、手間もかかるし経費もかかるんですよ。だから日本のスポーツの指導者の方が、外国に比べ余計な神経を使わざるを得ない。そこが日本が世界のスポーツ界から遅れている理由かな。プロの世界、大人の世界というのは負けたら辞表を書いて、次の世界に行くべきですよ。ところが今の日本の高校スポーツは負け続ける監督はクビになる。プロ野球のどこかの監督は負け続けても監督を続けられる。高校の方がプロみたいだ。そういった日本の社会制度というのはおかしいですね。
朝鮮学校をやめて、東京の韓国学園に入学したけれど、進学の段階になって、文部省の認可を受けていない学校だから沢山の大学に断わられました。僕なりに色々あたってみたけど、最終的には全部そこに引っ掛かる。
東京韓国学園を卒業する前の年に、当時の韓国のワールドカップ代表チームの監督や、主将とかにあたったりした。そこで色々な人に「韓国で名門の高麗大学とか、延世大学とかいけばいいじゃないか」といわれた。だけど韓国は、僕とサッカーのスタイルが違うから馴染めないと思った。サッカーそのものは通用するんだけど・・・・・・。
朝鮮学校に在学中の時も、「北朝鮮に行って代表選手になれ」といわれたこともある。でも行かなかった。
もっと日本の中でもやれるんだぞ、というのを見せたかったのかな。
僕は在日韓国人であっても、「これだけできるんだ」ということにトライしたかったんですね。親戚もいないし。だから韓国や朝鮮での代表というのは、考えもしなかったです。結局、香港のプロチームに行きました。
韓国の学生を招待して三ッ沢競技場(横浜マリノスの本拠地)でベイブリッジカップという試合をしています。
今年で七回目になる。この間、「ベイブリッジサッカー」で、韓国の選手が非常に緊張してていいプレーができなかった。そのとき彼らにこう言いました。「サッカー人間になるのではなく、サッカーを通して立派な社会人になっていくんだ。君たちは国際舞台に出ていくんだから若いうちから『いい場所』に慣れてもおかしくはないんじゃないか」そういったら戸惑っている学生もいた。
結果を出せる選手、出せない選手がいる。だけど結果を出せなかった若い選手たちに何を伝え、選手が何を感じ次に向かっていくのかということがすごく大事になってきます。結果が出ないから「お前はじゃあな」というものではない。いわゆる人生も同じように「しまったな」「何かやり残したな」っていうことを感じて「何がだめだったのか」「今度は失敗しないぞ」という場面がスポーツの中には沢山あるわけです。
ただ淡々とした学校の勉強だけで世の中に出るよりは、スポーツを通して社会に出ていく子供の方が、ある意味では非常に早熟で、ある意味では早熟イコール大人に近づく一歩だったりする。
例えば、大きな大会のレセプションなどの、政治家とか偉い人間もいっぱい来ている場所で、桐陰の生徒たちは、他の高校生とは違い、韓国の学生なんかに自分たちから声を掛けていく。そういう元気のよさがあります。
日本の高校スポーツ全体が学校の先生がやっているから、そこに問題がある時もあるんです。学校スポーツの中には引率者と先生と指導者の三つに分けるんだけど、一番レベルが高いのが指導者で、次に先生で、最後に連れていくだけの引率者(笑)。必ず三つあるんです。本当の指導者といわれる人は一〇%もいない。ところが指導者でも先生でも引率者でも、共通しているのは大人だということなんです。だから子供に責任があるんです。色々な意味で対子供、対選手に対して責任のある人間でなきゃ困るんです。
ところが実際は無責任な人が多くて、連れていったから勝手にやれ、という人が少なくない。スポーツを通して、大人にしていこうじゃないかという、「大人の責任」が
少し足りないんじゃないかと思うんですね。だから僕は、スポーツを通して究極的には、学生を「大人」にしたいと考えています。
学生と大人の違いは、判断する機会の数の違いだ。だから、学生たちを大人にしていくためには、「ベイブリッジカップ」みたいな大舞台を、大人が作ってあげなきゃならない。いい舞台を作って上がればいいゲームができる、沢山の判断ができる。単純な論理なんです。いい舞台を作るには、皆が関わらなきゃいけない。お金も人も出さなきゃいけない。
あともうひとつ、大人がちゃんと関わって「君たちを見ているよ」というレセプションも必要なんです。そこで振る舞い方や、食事の取り方や拍手の仕方、大人としての判断力を身につけるんですね。サッカーでいうと、フィールドの中も外もしっかりやっていこう、というのが私の基本的なスポーツ指導者論なんです。
そこまでやっていかないと私が監督をする意味がないんです。何故ならば私はレクリエーションチームの監督ではないですから。
お忙しい中、大変ありがとうございました。
(インタビュアー 趙靖芳/申大浩)
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