17号 国籍条項(地方公務員採用時における)

 「仕事をするのに国籍が必要あるのか?」問題はここから始まったのです。

 皆さんは公務員といったらどんな職をイメージしますか。役所の職員保健所の職員教師、消防士等々。近年、川崎市や大阪市など外国人が多く住む市が国籍条項撤廃しました。これはこれで嬉しいことなのですが、手放しで喜べないのです。皆さんがイメージする公務員には未だ外国人は殆ど就けないのです。それは、「公権力の行使、及び公の意思形成の参画に携わるものは日本国籍が必要」という「当然の法理」があるからです。当然と言うからには法的根拠があるものと思いきや、これは単なる見解にすぎないのです。
 前置きが長くなりましたが、これが「国籍条項」の最大の問題なのです。
 例えば役所で、住民に書類を出したり、保健所の証明書を出したり、校長先生が先生に指導したりすることは、「公権力の行使」に該当すると判断されるので日本人でないと就けません。要するに外国人は、公務員として採用はするけど「決済権」を下す職には就かせないわけです。これでは、「国籍条項撤廃」と叫んでも、実は今までと変わらないことになります。「公務員法」というのがあって、公務員は「宗教や出生に関係無く平等に扱わなければならない」という法律に違反しているわけです。しかし、市によっては課長以上に就けたり就けなかったりするのです。これは「当然の法理」という、いい加減で曖昧なものが邪魔するために、地方によって職場環境に温度差があるわけです。
 これは大問題です。川崎を例に取ると、職員として採用されたとしても決済権を持つ課長以上にはなれません。何年働いても課長にはなれないわけですから、どんなに能力があっても一生出世は出来ません。おかしな話はいくらでもあります。
 例えば教師の例。外国人でも先生になれるといっていますが、教諭ではなくて講師なのです。どう違うかと言うと、教諭は正職員であり、主任・教頭・校長になれる人を指します。講師というのは、嘱託を受けて授業をする人のことを言います。つまり「教えるだけでいい。生徒に指導をしたらダメ」ということです。しかし不思議なことに担任にはなれるのです。担任になれるということは、教師の仕事の上での最大の「公権力の行使」であるはずの通知表をつけることができるのです。いったい公権力を行使できない先生などあり得るのでしょうか。生徒が教室で煙草を吸っていようが、学校にナイフを持って来ようが、注意(指導)も出来ないことになります。実際このような先生はクビになるでしょう。

 行政は、「当然の法理」を廃止するべきです。もし廃止せずに「当然の法理」をもとに採用していくのであれば、「公権力の行使」に該当する職。「公の意思形成」とは、どんな職か明確にすべきです。その方がよっぽど「当然」です。この「国籍条項撤廃問題」は、まだまだ問題は山積であり、差別は何も解決していません。今はまだ、外国人が来るところじゃないと言っているようなものです。国籍条項を撤廃した「うちはオープンな市です」というのは、実はまだまやかしです。みなさん騙されないでくださいね


18号 「外国人登録法」を斬る!

 現在日本に約百五十万人の外国人が生活している。そのうち約六十四万人在日韓国・朝鮮人である。このたびの外登法改正で「指紋押捺制度」全廃したものの、「外国人の管理」という法目的をはじめ、外国人登録法(以下外登法)の常時携帯切替制度は残されている。
 そのため、日本で生まれた三世・四世であっても十六歳になると、最初の確認登録をして顔写真付き外国人登録証明書(以下外登証)を常時携帯しなくてはならず、しかもその外登証を五年(永住者・特別永住者は七年)ごとに切り替えなければならない。これらに違反すると今まで「罰金」だったのが「過料」に改正されたが、常時携帯の義務が残っている以上、在日韓国・朝鮮人にとって日常的な重圧感は変わらない。

※「罰金」と「過料」の違いは?
 「罰金」とは刑事罰を犯して支払う金銭をいう。また警察に名前が記録として残る。「過料」とは、刑事罰ではなく、行政罰を犯した者が支払う金銭のことをいう。俗に「過ち料」といわれ、警察に名前など記録が残ることはない。
 これまでは、警察に「外登証」の提示を求められた際に「不携帯」の場合、常時携帯が義務であり、刑事罰であったので警察に連行されることもあった。しかし今回の法改正により行政罰「過料」となった。つまり警察の管轄から簡易裁判所の管轄になったのである。管轄が変われば、今までのように警察は関与することはなく、「不携帯」で取り締まることができなくなった。ちなみに「十万円以下の過料」の際、いくらぐらい支払っているかと言えば、「三千円」または「五千円」程度のようだ。普段の生活で特別永住者が、警察官以外の人に「外登証」の提示を求められることがあるだろうか。一応は入国審査官、入国警備官、海上保安官、地方公共団体の職員は必要の際に提示を求めることが出来る。つまり日常生活で「外登証」を携帯していなくても実際には何も問題はなくなった。事実上、政府は「特別永住者」の「常時携帯」問題を放棄したに等しい。すでに我々にとって不要の産物になった外登証の「常時携帯」を外さなかったのは、法務省と警察の面子の他ならない。そもそも戦後五十年以上も住み続けている我々在日を一般外国人と同じく扱っているがためにややこしくなったのだ。
 永住者・特別永住者には問題が無くなったようだが「ニューカマー」と呼ばれる人たちは以前と全く変わらない。携帯義務はもちろんのこと、「罰金」が適用されるのだ。特別永住者の父とニューカマーの母の間に生まれた子供は、特別永住を自動的に取得する。この親子三名で、仮に外出したとする。そのときに、たまたま通りかかった警察官に外登証の提示を求められ、「不携帯」だったとしたら、この場合、母親だけが警察に連行されてしまうことになるのだ。
 今となっては我々在日にとって「外登証」不携帯よりも、自動車の「免許証」不携帯の方が怖い。なぜなら「過料」ではなく「罰金」を支払うことになるので罪が重く名前も警察にしっかり残ってしまう。なんか変な話しではあるが、車を運転する際には「免許不携帯」にはくれぐれも気をつけなければ…。



19号 韓国でついに「同姓同本」の禁婚廃止!

 在日同胞の皆さんアンニョンハシムニカ。読者の皆さんは独身の方も多いと思いますので今回のテーマは「結婚」についてお話します。我々の民族は姓や地方をとても大切にします。それはそれで良いことであり、ここでは深く触れません。
 日本人の多い苗字に「鈴木、佐藤、田中」などがあります。しかしこの苗字以外にも日本にはたくさんの苗字があります。しかし韓国では苗字の種類が日本に比べて少なく、圧倒的に「金、李、朴」となります。日本の学校で先生が「鈴木くん次ぎ読んで」と言っても問題ないでしょうが、韓国で「金くん次ぎ読んで」では通用しません。韓国は自分の苗字と同じ人がいるのがあたりまえの国なのです。ということは(やっと本題です)男女の出会いも同じ苗字のパターンが多いわけです。しかし韓国には苗字の本貫(その姓の始祖が住んだ地)が同じ場合、たとえ血のつながりがなくても結婚を禁止するという法律が存在していたため、同じ苗字、同じ本籍の人同士では結婚ができなかったのです。だから素敵な人と出会えても同じ苗字だとがっかりするなんてことが多々ありました。日本に住んでいる在日コリアンでも同姓とわかったとたん、恋愛対象外になったりします。しかしその法律が(ついに?)改正されることになったのです。
 1997年に、同姓同本の結婚を禁じてきた民法809条1項に対し、「同姓同本が婚姻を規制する憲法上の根拠がない」という結論を裁判所が下したのです。裁判所は判決文で「同姓同本禁婚規定は人間の尊厳と幸福追求権を保障する憲法の理念や規定に反する」と指摘し、また「近い親戚のあいだの婚姻はすでに民法815条で父・母系八等親以内を規制しており、これを越える婚姻は変化する倫理と道徳観念に任せるしかない」そして、「民法809条一項は婚姻の範囲を男系血族だけに限定し性差別をしている点で平等の原則に違反する」と明言したのです。簡単にいえば、8等親以内でなければ同姓でも結婚できるよ!ってことなんです。
 さらに裁判所は「国会が98年12月31日までに民法関連条項を改正しなければ、99年からは効力を喪失する」と宣言して、現行の法律の効力を無くしたため、事実上同姓同本禁婚条項はこの日の宣告と同時に廃止されることになったのです。
 そしてこのたび正式に、韓国法務部は6月9日に親養子制度を新設して、民法親族・相続の改正案を作成し、事実上失効された同姓同本禁婚制度を廃止するなどの内容も盛りこみ、9月の通常国会に提出する方針だと明らかにしました。
 よかったですね〜今までこの法律のせいで結婚を断念したカップルもいたことでしょうね。でも実は韓国でも儒教の入る500年前までは、同姓結婚が盛んだったんです。その理由はやはり一族の発展のためだったようです。やはりアジアは西洋に比べて血統を重んじるのですね。しかし8等親も離れている人は十分他人のような気がしますが・・・。



20号 帰化制度ホントのところ

 永住外国人の地方参政権付与法案が国会に提出されてからというもの、あちこちで議論が活発化しています。反対派はこう言います。「参政権は国籍が絶対条件だ。参政権がほしいなら帰化するべきだ。
 帰化。在日なら、誰しも一度は頭をよぎった事があるでしょう。現在、毎年一万人前後の人が日本に帰化しています。ということは、毎日三百人近くもの人が日本人になっているのです。冷静に考えると、すごい現実ですね。
 さて、今回は現在の帰化制度がどういったものか検証してみましょう。
 国籍法第五条は、外国人の帰化条件を次のように定めています。

一、引き続き五年以上日本に住所を有すること
二、二十歳以上で本国法によって能力を有すること
三、素行が良好であること
四、自己または生計を一にする配偶者その他の親族の資産または技能によって生計を営むことができること
五、国籍を有せず、または日本の国籍の取得によって国籍を失うべきこと
六、政府を暴力で破壊することを企て、もしくは主張し、またそのような団体を結成したり加入したことがないこと


 この他に、第六条で右記一項の条件が緩和されるいわゆる「簡易帰化」という制度が定められており、多くの在日はこれらの条件のいずれかに当てはめて帰化を「許可」されています。
 しかし、ここで注目すべきことは、いずれの簡易帰化においても三項の素行善良条件や、四項の生計条件、六項の公安上の危険人物条項は緩和されておらず、そのことを理由に帰化を拒むことが可能となっています。しかもその基準が明確ではなく、法務大臣の主観的判断によって左右される極めて恣意的な条項と言えるでしょう。
 また、帰化申請時には本人だけでなく家族の戸籍謄本や納税証明書、自宅近辺の地図など、山ほどの書類を提出しなければならず、申請から許可が下りるまで一年から一年半ほど待たなければなりません。法務局はその間に思想調査、犯罪歴調査などを行い、場合によっては近所や職場、学校などへの警察官、法務担当官などによる聞き込みを行います。
 これらの事を勘案した場合、基本的には日本社会への受け入れに当たっても、「管理の対象」であるということ、「好ましからざる人物」の排除という意図が明確だと言えます。
 ただ一つ明るい材料といえるのが、民族名による帰化が認められ始めていることでしょう。
 この原稿を書くに当たって何人かの帰化申請者にお話を聞きました。実際の法務局担当者とのやり取りをご紹介します。

申請者「金(仮名)という本名で申請したいのですが。」
担当者「金は日本の常用漢字にあるので構わない。でも通名のほうが生きやすいと自分で感じたならそれも良いと思う。自分の好きなようにして下さい。」
申請者「帰化後も民族団体に加入してもいいんでしょうか?」
担当者「帰化後は日本人になるのだから日本人として生きていかなければいけない。普通の日本人なら民族団体には行かないはずだからそれは止めて欲しい。韓国系の銀行に貯金もあまりしないほうがいい。」
申請者「どうしてですか?」
担当者「ここはアメリカのような帰化システムではなく、日本人になれば外国人としての自分を捨てなくてはいけない。

 つまり、日本社会への「同化」が帰化に際して要求されるといえるでしょう。日本人らしく振る舞い、頭の先から足の先まで善良な日本人になりきり、生まれながらに持っていた民族性、すなわち日本人らしくないことはすべて排除されるべきという考えがあるように思えます。これは長い間日本人が錯覚として持ち続けていた、「単一民族思想」から抜けきれず、日本社会にはいまだに「違い」に対する拒否反応があるということの表れではないでしょうか。
 在日コリアンも三世ともなると、アイデンティティに対する考えも様々で、一概にどういう意見を持っているとは言えません。しかし、「ありのままの自分を隠さず生きたい」という願いは皆に共通してあるのではないでしょうか。それは、誰もが将来のことを考える年頃になると「自分を認めてほしい」と思うのとちょうど同じことです。そのような自然な欲求が制限される社会はおかしいのではないでしょうか。
 従って、現行の帰化制度は、解決策にはならないのです。自分を偽ってしまえば、たとえ生活が便利になっても、「ありのままの自分」を受け入れられない悔しさ、また後ろめたさは残るはずです。


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