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松井章圭プロフィ-ル 極真会館四段。 一九六三年一月十五日生まれ。十三才で極真会館千葉支部手塚道場に入門。十四才で初段取得。その空手は華麗にして荘重。天性の勝負勘と稽古で培われた緩急自在な組み手で、「不世出の天才」「貴公子」と異名を取る。第十二回全日本大会に初出場、以来、全日本大会および世界大会に八回出場。うち、優勝三回、三位三回、四位一回、八位一回などすべてに入賞する。前五十六試合の通算成績は五十勝六敗。 なお、第十七回全日本から第十八回全日本、第四回全世界にかけての三連覇は、極真史上永遠に輝く金字塔である。また、一九八六年、空手界最大の苦行といわれる「百人組み手」を達成。
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――今日は同胞の先輩として、是非率直なご意見をお聞かせ願いたいと思います。まず極真空手との、そもそもの出会いについてお話を伺いたいのですが。
館長:単純な話しでマンガなんです。劇画になった「空手バカ一代」を読んで、極真会館に魅いられました。それまで力道山が一番強い人だと思っていました。実際はどうか分かりませんが、劇画の中では大山倍達の方が力道山より強いという設定になっているわけです。
「力道山より強い、そんな人がいるのか!」
幼な心に純粋に憧れを持ちました。それが今に至るキッカケです。
−−大山先生とお会いした時に、何かこうビビッとくるインスピレーションみたいなものがあったんですか。
館長:実際に会う前から自分のなかに神格化したイメージができていました。
一九七六年七月の終わりに、千葉の一ノ宮で合宿がありまして、そこで大山先生の講話を聞いた時が初めての出会いでした。
その当時はブームですから、全体で五〜六百人が参加していました。私が参加した時は、大きな古い体育館に布団を敷いて雑魚寝です。私は白帯で十三歳と若いですし、一番後ろの末席でした。
待っていると、サングラスを掛けたランニング姿の大山先生が、「あーご苦労さん!」といいながら入ってくるんです。声聞くのも初めて、実物見るのも初めて、とにかく迫力がありました。自分の中でできあがっていた「大山倍達」が目の前にいると思うと、ただただ感動しました。
−−非常に生々しいというか、心暖かいお話しをありがとうございます。その大山先生の意志を継いで、今現在、館長として活動されているなかで、やりがい、難しさみたいな部分を率直にお聞かせ願えますか。
館長:正確な技術と極真の精神を伝えるということを心がけています。極真の精神を引き継ぎ、伝えていくことが当然一番大切ですが、そのためにも同時に極真会館という組織を生き続けさせなければいけない、組織を途絶えさせてはいけないと常に考えています。
要するに我々の組織というのは、営利を目的としていません。志を一つにして集まっている団体で、公益的なものであるという前提があります。ただ公益的なものであるという前提であっても、それなりに人が集まり、そこで生活をしている人間がいるということは、「経営」なんですね。
母体がなくなると、精神や技術を引き継ぎ伝えていくことができなくなるわけですから、組織を如何に維持・発展させていくかという問題に腐心しています。
−−そういう意味では、私たちの民族団体と共通する課題もお持ちなんですね。私たちの団体は、十八〜三十歳の在日韓国人青年で構成されています。私たちが一番求めているものは、日本での永住を前提としながらも、民族性=自分らしさ、韓国人らしさ朝鮮人らしさを絶対に失うことなく、日本で堂々と生きていこうということです。これが韓国青年会の一番の意義なんです。
在日韓国人社会は、一世から二世・三世へと世代交代が進む過程で、その基盤が揺らいできているわけです。「もう日本人と変わらない」とか「日本人になれ」とか同胞の中からもそんな声が出てきています。いわゆる私たちの団体・民族組織は、いつかなくなってしまうのではないかといった危機感を強く持つ者もいます。 そういう意味では、「組織を維持することが非常に大切だ」とおっしゃる、松井館長のお話と共通する部分があるような気がします。
館長:話しが少しそれるかも知れませんが、私なりの考えをお話ししたいと思います。これからはさらに「国際化」が進んでいくと思いますが、その時に「自分自身が何者なのか」ということが大事になってくるのではないかと思います。在日の我々にとっては特に「民族性=自分らしさ」を明らかにしないと国際社会には適応できないのではないでしょうか。
違いを認め合いながらも、異なるものを尊重し、交流することが「真の国際社会」とするならば、国際化は「自分の色=民族性=自分らしさ」がしっかりしていないと、それができないと思うのです。逆に、だからその母体となる団体や組織をしっかりしなければ、本来の交流は絶対にできないと思います。
自分の色が何色か分からないのに、どこと交わってどういう色になるかわからないものを、むやみに交わらせるわけにはいかないでしょう。だから実際国際社会になればなるほど、「自己との対峙」というものは必須の課題になります。それから目を背けては、国際社会には出ていけません。
例えばアメリカは、国籍を変えても民族性を尊重してくれます。しかし日本では、若干違っているように思えますね。
帰化するさいに日本名の使用を奨励したり、身も心も日本人になることを求めます。
南北の問題が解決したり、戦後処理の問題をきちっとすれば、将来的には「コリアン・ジャパニーズ」という、いわゆる欧米的な社会的地位が確立されるかも知れません。しかし、日本社会のある部分の排他性や、私たちが「自分の色」を出せないなかでの「帰化」はどんなものでしょうか。
私自身は、帰化すること自体は個人の価値観や考え方に基づいているものですから全面的に否定はしませんが、異国にあって民族性を維持・発展させる、そういう意味での青年会や民団・総連のような民族団体の役割は、大変大きなものだと考えます。
−−私たちの最大関心事にお話が及んだので、続けて質問させて頂きます。館長の「民族の芽生え」みたいな部分についてお尋ねしたいのですが。最初から「バリバリの朝鮮人」根性で生きてこられたのか、あるいは「俺はやっぱり朝鮮人なんだ」といった目覚めの時期があったのか、お話し頂けますか。
館長:基本的にうちの父親は、非常に民族意識の強い人でしたから、物心ついた時からそういった自覚はすでにありましたね。
父は朝連(在日朝鮮人連盟/解放・終戦直後、在留同胞の帰国支援や民生安定のためにできた唯一の民族団体)の活動家でした。愛知朝高の教員をしていたこともあって、自然に家庭環境のなかで、民族への愛着みたいなものを育みました。
−−大山先生も韓国の方で、館長とは空手で結ばれた師弟関係なわけですが、大山先生に対して、やはり同じ国の人だというような意識を持たれたことはございますか。
館長:身近になってからそういう思いは持っていた気がします。最初は、父から「力道山は朝鮮人だよ」って言われた時にはそれほど驚きませんでしたが、「大山倍達もそうなんだよ」って聞いた時に、それは思いがけないことで大変驚きました。
私は、十七〜十八歳頃から身近において可愛がってもらいましたが、ごくたまに民族の話をすることもありましたね。
大山先生達一世の苦労を、これから先に伝えていくためには、我々がそれをひた隠しにしてはいけないと思います。「気がついたら同化をしていた」ではいけません。そしたら渡航して最初に苦労した一世達の血の滲む努力が水の泡ですし、実際何も残らないわけです。
やっぱり一世の築いた物質的な財産だけでなく、精神文化を私たちが継承せずに、帰化したり同化してしまうと、私たちが存在した事実がなくなってしまうのではないですかね。
それは、日本社会に対しても同じことが言えないでしょうか。
例えば、我々が日本社会に対して何等かの主張をする時、私たちが自分の存在を隠すわけにはいかないではないですか。
心ない人たちから、いろんな差別や中傷を受けたとしましょう。その時はこれに同様に対抗してはいけないと思います。
我々が日本人に対して逆差別をしてはならないし、本当の意味での対話をするためには私たちの「在るべき姿」ということを常に考えて、姿勢を正しておくことが大切だと考えます。
−−まさしくその通りだと思います。私たちの団体でも最近は、民族とか国家で縛られた時代は終わったのではないか、「韓国人として生きるんだ」とか、「民族として生きる」のではなくて、「一人の人間として、自分らしく生きるため」に努力しようと主張しています。
自分らしく生きようとするなら当然韓国、朝鮮といった自分のルーツと向き合わなければいけない。朝鮮民族の血が流れている事実は否定できないじゃないかと。〓〓〓〓(ハラボジ/祖父)か〓〓〓(アボジ/父)が朝鮮半島から来てるじゃないか。ただ素直にそれを受け止めて表現していこうじゃないか。そういう時代に進んでいるんだと。
松井:自分の存在を素直に肯定するならば、それが日本人であれば日本人であるし、韓国人であれば韓国人だし、アメリカ人ならばアメリカ人です。これは極めて当り前の話しです。
我々は自然にこの日本社会において、そう生きられるようにしていかなければならないと思います。
−−帰化者がその子供も含めて二十万人以上いると言われていますが、帰化している方と私たちははほとんど交わりがないんです。それには私たち民族団体側の責任もあるとは思いますが、この関係はいびつだなと考えています。
「お爺ちゃんの代に帰化したけど、でもルーツは朝鮮だ」とか、逆に帰化しないものに「帰化して人生の選択肢が増えましたよ」
こんな気軽な感じで、「国籍は違くても『同胞』だもんな」と、帰化者のみなさんと交流していけるようになったらいいですね。次代の同胞社会の主人公である私たちが、そういう社会をつくっていくために力をつけなければいけないとよく考えます。
松井:一人々々がそういう、「同胞意識、仲間意識」を持つことによって、ある意味で大きな流れができるでしょう。だから大山先生がこういうことをおっしゃっていました。「親孝行できないものはだめだよ」と。「親孝行する人間が社会に奉仕して、社会に奉仕する人間が国家に忠誓を尽くす。同時に空手道は民族、人種、宗教、国家、政治、思想、こういった垣根を超越したところにあるんだ」と。
親孝行というのは、家族の幸せにつながり、それは自分たちが住む地域社会をより豊かにせんと貢献することにつながり、他者との和、言い換えれば共生、住みやすい社会を作りたいという全ての人々の願いにもつながります。
日本に住んでいる我々在日も当然、日本という自分たちの永住の地が、よりよく、より豊かになっていくことを願い考えるはずです。
個人や家族の関係をもっと拡大すると、国と民族の関係にも当てはまるかと思います。
自分の親兄弟を愛するように、周りの人を愛しているか、尊重しているかということです。人間は自分を通して人を見ますから、そうしたら意識や文化が違っても、極めて人間的な部分で結びつくわけです。
「意識や文化をこえた根底のところで結ばれているか。そこを越えたところにあれよ」というのは、大山先生の言葉だったと思います。
だから私たちが民族=自分らしさを大切にして自分自身を確立させていくことは、日本社会にとってはある意味では、好ましいことと考え得るのではないでしょうか。
私は、同胞の親しい後輩に、〓〓〓(チョッパリ/日本人への蔑称)という言葉は絶対使うなとよくいいます。そういうことを言っていたら、我々が軽べつする次元の人間と同じになってしまう。絶対軽蔑してはならないと、事あるごとに繰り返します。
面白い話で、ある日本人の後輩が、「大山総裁が韓国人で、松井先輩も、力道山も韓国人だ。強い人みんな韓国人だ。私も朝鮮人に生まれたらよかったな」っていうので、「君、それは間違いだよ。我々は我々として誇りを持っているけれど、君は君として、日本人として素晴らしい人物や文化が沢山あるんだし、日本人という誇りを持たなければいけない」と諭しました。
すべての人間が自らを肯定し、そしてそれを互いが認めあうというところに、社会の発展があり、真の国際交流が生まれるのではないでしょうか。
さきほど崔会長が言われたように、私たちが日本での差別に対し、日本社会を破壊したり、発展を阻害しようとしている民族団体があるわけではないですから。私たち自身が自己を確立するための団体ですから。ある日本人の先輩に言われたことがあるんですが、「何でお前は自分が韓国人だ朝鮮人だと言うことをそんな自己主張するんだ」と。
「僕は無理に自己主張してるのではなくて、真実を言っているだけなんです。素直に生きたいと思っているだけです。それが白い中に赤いインクがポツッと落ちるから赤く目立つような気がするけど、でも赤いものは赤だから仕方ない。例えば先輩が外国に行って、『あなたはコリアン』ですかといわれた時に『イェス! コリアン』と答えますか。そうは答えませんよね、当然『私は日本人だ』と言うでしょう。それと同じなんです」と説明したんですね。
−−私たちは勝手に、館長は「バリバリの民族主義者」だと思っていましたが、「在日」としてのバランス感覚に長けていて、非常に感激しています。館長のお話は私たちの活動に大いに役立ちます。
松井:私は、バリバリの民族主義者です(笑)。しかしね、真の民族主義者は、他の民族や他人をけなさないものです。
−−雑誌で大山先生が極真会館の意向として武道空手の基本姿勢は一貫していくけども、個々人の可能性も追及していくというようなお話がありました。在日韓国・朝鮮人にあてはめて考えると、それはもしかすると二十一世紀にすごくマッチした生き方なのではないかなと考えました。
極真会館に来られてる青年は幸せだなと思いました。どのような指導をされているのか、お聞かせ願えますか。
松井:基本的にはなぜ極真が直接打撃性なのかいう部分が非常に大切です。最近イジメが問題になっていますが、動物でも小さい頃にじゃれあって痛みを知ります。程度を知るというか限度を知るわけです。子供達が今やりすぎてしまうのは、「たまごっち」がすぐ死んで生き返るように、生きた生身の体を通じて人間の傷みとか優しさを感じれられないからだと思います。
直接打撃性というのは、打つ前に打たれないと打てるようになりません。打たれた傷みを知らないと、攻撃ができるようになりませんから、やはり叩かれるわけです。叩かれることを知って自分の体で痛みを知って、思いやれるわけです。そこが基本になって空手というものはあるんです。そう指導しています。
空手にしても、何にしても生活に根ざしたものでなくてはいけません。腕力だけが強くなっても仕方ないことです。
延べ一二〇〇万人の門下生がいますが、彼らが強くなりたいと思った根底には何があるのか。稽古は「自己の掘り起こし作業」です。喉が乾いて水を、お腹が空いたから飯を食う。それと同じ次元で、強くなりたいと思う欲求はどこかの自分の乾きからくる。乾いてる部分とは何かといったら、「弱い自分」があるわけです。こんな弱い自分は嫌だと思うから、強くなりたいから空手を選ぶわけです。
その中で「自分の弱さ」を自分で自覚しなきゃいけない
自分自身が何を要求し、何を欲求しているのかを知る。結局、自分を通して人を見ることですね。自分と他人の間に稽古があるわけで、稽古を通じて他人を見るわけです。稽古はどつきあいですが、私に言わしたらスキンシップです。相手を尊重しなかったら組み手はできませんから。
−−全国に十二万人の在日韓国・朝鮮人青年がいますが、青年たちにメッセージをお願いいたします。
松井:「人生って何かな」と考える時に、私がいつも考えるのは、人生というのは「納得」することが大切だということです。納得の世界を追い求めることが人生だと思うわけです。
「まあこれくらいにしておこう」といった妥協は簡単です。これは納得ではなく妥協です。
例えていうと、空手の試合などもそうです。
我々はいつも五人の審判にすべてを委ねて試合場に上がるわけです。すべての結果は、審判に委ねられているのです。その中で勝ったり負けたりしています。これは自分が出した結果ではなくて人が出していく結果です。だけどそこに上がった以上は、それを自分の導き出した結果として百パーセント受け入れなくてはなりません。そういう世界ですが、これは負けても納得の行く負け方と、勝っても納得のいかない勝ち方というのがあります。
最終的に自分なりに結果を出しますが、それは自分の納得の世界です。妥協する世界を作らずに納得する世界を作る。ということは納得を導き出すということは、やはり自分自身と対峙しなければ、納得は得られません。
あの時の裁定はとか、あの時は体調が悪かったとか、そういうことは言ってはいけません。
結局自分以外のものにすべてを責任転嫁した場合、自分に問題がないかも知れませんが、ただ自分の納得の世界が、妥協や責任転嫁のなかから得られるかといったら、得られるわけがないのです。
負けにさせられて納得いかないと思っても負けは負けなんだから、百パーセント受入れて、その負けを次に自分が納得する勝ちを取るために、次の稽古がまた始まるわけです。
これを在日韓国・朝鮮人の「民族」に置き換えてみましょう。ある在日韓国人の知り合いがこんなことを言いました。「同じ人間だしね、日本人でも韓国人でも関係ない。あまり民族とかにこだわらないでいいじゃないか」と。これをいった本人の気持ちの裏に何があるんでしょう。韓国人、朝鮮人であることを関係ない、打ち消したい気持ちがそういう言葉を出させるんではないでしょうか。
だから「世の中お金がすべてではない」とかというのも同じで、そんなことは当たり前のことなんですが、ある意味で、お金にとらわれた人がことさらにそういうことを言うわけです。
結局達観する人間は、世の中の多様性を認めるわけです。でもそれに流されず、確固たる自分を持っている。最終的に自分自身が本当の不動の物として存在するのではないでしょうか。
だから民族的に生きて行くという意味は、自分自身への優しさだとか勇気を大切にすることであり、それが私はいわゆる人間としての「幹」だと思います。幹を大きく育て、その上で枝葉をつけてそこからいろんな情報を入れなければいけないし、そうすることによって幹は自然に太くなる。
在日韓国・朝鮮人青年のみなさん一人々々が、一個の人間として、自分自身を肯定してしっかりと自己確立をして欲しいと願います。