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三年前から、東京のある私立大学で「歴史学」の講義を担当しています。一般教養のコマですが、もっぱら近現代の日本と朝鮮半島との関係史についてしゃべっています。
毎年、授業の最初に簡単なアンケートをしています。@朝鮮人(韓国人)で知っている人の名前と肩書、A朝鮮語(韓国語)で知っている単語とその意味、の二つです。
@は歴史上の人物でも、現存する人でも、はたまた自分の友人でも誰でもよいといってから書かせるのですが、三年間を通じてトップは金賢姫で変化がありません。マスコミを通して、いかに彼女が多くの日本人に印象づけられているかがわかります。ついで挙げられるのは、盧泰愚、金日成、金大中、全斗煥などといった南北の政治家たちです。そのあとに趙容弼などの芸能人やスポーツ選手、金玉均をはじめ高校までの教科書に登場する歴史上の人物と続きます。「一人も知らない」と書く人が結構いるのはさびしい限りですが、さらには王貞治やジャッキー・チェンなどを挙げるのには驚かされます。欧米人ならともかく、同じアジアの中に住みながら韓国・朝鮮人と中国人の区別もできないのでしょうか?
Aの言葉のほうは、何か知っていると書く人はきわめて少数です。キムチやビビンバから「トンソク」(?)まで、焼肉屋のメニューを思いだしながら並べ立てたのはご愛嬌。ここでも「ニーハオ」(こんにちは)や「ツアイチエン」(さようなら)などの中国語が散見されます。でもなかには、「アンニョンハシムニカ」はもちろん、「オレガンマニムニダ」や「イゴスン オルマエヨ」など日常会話をいくつも書いてくれる人もいます。聞いてみると、高校のとき修学旅行で韓国を訪問したとのこと。私たちの頃とは違って、こういう形での韓国・朝鮮との出会いも一方では始まっているのです。
とはいえ、やはり学生たちの知識や関心のなさにはビックリさせられることが少なくありません。毎年、三回目の授業では、近現代の日朝関係を話す前提として、大阪の辛基秀さんが製作した映画『江戸時代の朝鮮通信使』を見せています。明治時代以降の支配・被支配という上下関係の前に、通信使を通した対等で友好的な時代があったことを映像で理解させるのがその目的です。そして余った時間で感想文を書いてもらっているのですが、こんなものもあります。
・ぼくは、江戸時代という昔から、日本と朝鮮半島のあいだに交流があったという事実を知り、驚きました。
驚くのはこっちのほうです。この学生は、朝鮮半島は江戸時代の頃になって、日本の隣に引っ越してきたとでも考えているのでしょうか。古代において、当時の先進的文化の大半が朝鮮や中国からもたらされたことについては、ただの一度も聞いたことがないのでしょうか。
あるいはこんなものもあります。
・江戸時代でさえ朝鮮とは通信使を通じた交流があった。それなのに現在、日本と朝鮮との間には国交さえない。これは正常ではない。
気持ちはわかりますが、用語に引きずられて認識が混乱していますね。この学生の考えでは、あの半島には太古の昔から「韓国」と「朝鮮」という二つの別個の国があり、そのうち朝鮮のほうからだけ通信使が来ていたというのでしょうか。いずれもお寒い話です。
もっともこう書いてきたからといって、私が今の大学生に絶望しているというわけではありません。知らないことは確かですが、偏見や固定観念が少ないぶん、知ればそれを受け止めるだけの感性を持ち合せている場合が少なくないのも事実です。
毎年、前期は試験をせず、代りに夏休み後にレポートを出してもらっています。課題は二つあり、一つは書評(指定した十冊ほどの本の中から一冊を指定)、もう一つは次のような自由課題で、どちらかを選ぶ方式です。
・自分にゆかりの地(現住地、郷里、その他)と朝鮮(韓国)との固有の歴史的関係を調べてレポートしなさい。例えば、朝鮮にまつわる歴史的遺物、朝鮮とかかわりのある人物、地域の在日韓国・朝鮮人の歴史や現状などのほか、身近にいる在日韓国・朝鮮人やかつての朝鮮植民者からの聞き書きでも構わない。
自由課題の方を選ぶ学生は毎年一割前後ですが、なかには力作もあります。自分の住む県の在日韓国・朝鮮人史を数少ない文献を捜しながら調べてくる者、植民者だった祖父母の朝鮮体験を聞き書きの形でまとめる者、アルバイトをしている焼肉屋のマスターから生い立ちを聞いてくる者など、ユニークなものが毎年必ずいくつかあります。そして多くの人が、こんな身近なところに韓国・朝鮮との関わりを示す事実があることに驚かされたと、感想文を書いています。読む側の私としても、今年はどんなレポートが出るか、毎年ちょっとした楽しみです。
ところで、ここまで読んできて、「ではあなたの授業には在日韓国・朝鮮人の学生はいないのか」、と疑問に思う方がいるかもしれません。現在、日本の総人口は一億二千万人ほどで、そのうち在日韓国・朝鮮人(あくまでも法的=国籍上の意味)は七〇万人弱ですから、その比率からいけば、約三〇〇人の受講者がある私の授業にも、単純に言って在日韓国・朝鮮人の学生が二人くらいいる計算になります。現に存在しているのです。一昨年の夏休みのレポートで、A君は次のように書いています。
「書評の初めに言っておくが、私は在日韓国人である。しかし、このことは公表しないでほしい。なぜなら、今の日本の世の中で、外国人であることは損こそすれ、得することはありえないからである。」
少人数の講義やゼミと違い、大教室の一方的な授業では個々人とゆっくり語りあうことなどできませんし、またこの学生は六月ごろから授業にも出て来なくなりました。ですから、そう思うに至った経験や背景がどんなものなのか、直接確かめることはできませんでした。しかしそこには、日本社会の外国人認識がマイナスの形で反映していることは間違いないでしょう。マイノリティーが、自らの民族的出自を他人に知られるのを恐れる社会は、やはり健全でないと思います。まだまだ、「任重く、道遠し」です。
そういえば、課題図書の中につかこうへいの『娘に語る祖国』や姜信子『ごく普通の在日韓国人』を入れた年のことでした。「在日韓国・朝鮮人は日本で差別されるだけでなく、祖国でも冷たい目で見られると知って、かわいそうに思った」と感想を書いてきた学生が大勢いました。日本での差別のことは何となく知っていたとしても、まさか本国でそんなことがあるとは思いもよらなかったのでしょう。しかし、「かわいそう」というのは違うと思うのです。
もちろん、本国を訪れて好い印象だけを得て帰ってくる場合もありますから、一概には言えませんが、いま言おうとしているのはそういうことではありません。李良枝さんの小説にも描かれていましたが、たしかにそうした経験はつらいことでしょう。日本の差別状況のなかで、「祖国」という語に漠然と美しい響きを感じていたとすれば、何か裏切られたような挫折感や、立つべき依り所を失ったような思いに悩まされるかもしれません。しかしそうした中で、「自分とは何か」というアイデンティティをめぐる問いに、より深刻に向き合うことにもなるのです。日本のなかで無自覚的に生きている日本人にとっては、そうした問いに直面する機会はそう多くはないでしょう。「自分は何者か」という、ある意味では人間にとって最も根源的な課題を見つめられる立場にあることは、逆説的表現かもしれませんが「幸せ」なことだとも言えるのです。
先程のA君は、「今の日本の世の中で、外国人であることは損こそすれ、得することはありえない」と書きました。たしかに物質的な意味で得をすることはほとんどないかもしれません。しかし、自己の姿をとことん問いつめられるとしたら、あるいは物事を複数の視点で見られるとしたら、これは考えようによっては得がたい立場に立っているということにもなります。
これをもって、この小文を読んでくださった在日の若い方々へのメッセージといたします。在日韓国・朝鮮人が、「外国人(異民族)に生れてラッキーだった」と何の気負いもなく言えるような日本社会を、身の回りからでも築いていければと念願しています。
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