アンニョン!インタビュー

鷺沢 萠 Sagisawa Megumu 

―鷺沢さんはどんなことで、自分のコリアンの血が流れているって知ったのですか?

 小説を書いている途中で自分の家族の戸籍をおっていくうちに気が付きました。小説家になっていなかったら知らなかったと思いますね。

―鷺沢さんはご自分にコリアンの血が流れていることについてどう捉えていますか?

 どういうふうに捉らえていると、私の中で明文化したことはないですね。
 ただそいう人がいてあたりまえじゃないですか?植民地支配があった以上そういう人はいっぱいいるんですよ。私はあとで気がついたわけですが、今でも、祖父母が韓国人って知らないなんて人もいるんじゃないでしょうかね?私自身はマイノリティの中のマイノリティというのかな?日本籍をもっている以上在日同胞とはいえないでしょうし、でも、こういう人がいっぱいいるんだよっていうことを伝えていきたいですね。私を知ってくださっている方や、私が言ったり書いたりしているものを読んでくださった日本の方に、「コリアンにルーツを持つ人っていっぱいいるんだな」とか、「もしかして自分もそうなのかな?」って考えるきっかけになったらいいなって思います。

―鷺沢さんにとって民族的アイディンティティとは何でしょうか?

 私は「民族主義」と、それこそカッコつきの「民族」というとらえ方に抵抗があります。民族にあまりこだわりたくないっていうか、「民族主義」の偏狭さがイヤなんですね。「行きすぎ」な、「過激」な「民族主義」には反感をおぼえます。でも、自分の血や民族を大事にしたり、触れてみたいと思うことは自然なことではないでしょうか。私はチャンゴをならっているんですけどね。そういうふうに民族に親近感を感じることは当然なことだと思います。  

―本当にいろんな価値観を持っている人いて、当たり前なんですけど、在日だって多様化しているんですよね。

 そうですね。そういうことを日本の方にももっとわかってもらいたいですね。 「在日」っていうと「日本のことうらんでいる」というステレオタイプな在日観や、あるいは韓国人観、朝鮮人観を持っている日本人が多いとおもうんですけど、それだけじゃないっていうことをもうちょっとアピールしていく方法はないかなって思いますね。

 ―ここ数年、ごく自然にいろんな分野で活躍する在日の若い人がでてきたと思うんですね。そういう人たちをもっと日本社会や世界に向けて発信していくことがこれから重要になるんじゃないかって感じています。

 そうですね、そして活躍するにあたって、できれば本名で活躍してもらいたいっていうのが私の希望ですね。芸能界とかスポーツ界って本当にたんくさんいるじゃないですか。みんなが自然に名乗ってくれたらな〜って思います。
 私は最近、川崎のふれあい館でやっている識字学級にボランティアとしてお手伝いに行っているんですね。一世の方って日本語も韓国語もうまく書けない人が多いでしょう?だから字を習っているんですね。 今朝そこに来ているハルモニと、暑中見舞いのシーズンだからっていうことで、今日はずーっと住所の練習をしたんですね。そして差出人の欄にね、だれだれ様、オー〇〇って書く時と、だれだれ様、園田○○子って書くときがあって、「こっちの人は通名で書くんだ」って聞いてみたら、「ああ、この人はわかんないからね、通名でいいんだよ」っていうんですね。私はこういう簡単さっていいな〜って思うんです。七十代だと思うんですけど、私たちにくらべれば、ものすごい辛苦をなめてきているのにその簡単さで、迷いもなく、恥ずかしいとかもない。そういうのがいいな〜って思いました。  

― 一世の方が、名前に頼らなくても自分の中に「私は韓国人よ」っていうものがあるから、堂々とできるのかもしれませんね。

 そうですね。その厚みに裏付けされているものだと思いますね。
 そういう方々に向かって、本名を名乗ってくださいっていうのも違うかな〜って感じるんですね。でも、若い世代の人たちには、日本社会に在日っていう存在を広めていくって考えた時は本名を使ってほしいです。外に出ていくときは本名でって思います。苗字はパクで名前は日本読みっていう知り合いがいますね。そういう人もいていいんじゃないでしょうか。  

―私も鷺沢さん同様日本国籍なんですが、できるだけ外では祖父の「姜」という性を名乗るようにしてます。そう、名乗るようになって、本名を使いづらいっていう人たちの感覚が少しわかるようになりました。

 わかりますね。私はおばあちゃん方の姓は李っていうんですが、非常に草の根的な活動なんだけど、レストランで予約を入れるときなんかに李っていう名前を使いますね。「李です」っていってわかないって言われたりすると、エル・イー・イーでいいですなんて言ったりしてます。
 些細なことですが、普通にたとえば花屋さんとかレストランに「李」っていう人で日本語がたっしゃで、ここに住んでいる人がいるんだなっていうことを一人でも多くの人にわかってもらえたらなって思いますね。

― 一九九九年発刊の「君はこの国がすきか」という小説は、在日三世が主人公ですが、これはやはり、ごく当たり前に生きている在日コリアンを伝えために作ったといえるのでしょうか?

 そうですね。本当はもっともっと脇役で登場させたいんです。それが主題ではなくて、そこに登場した人がたまたま韓国人だったり、中国人だったとか。日常的にもありえることじゃないですか。とかくメディアは言っちゃいけない、さわっちゃいけないっていうふうに扱いますが、それは違うと思いますね。

―これから鷺沢さんの製作活動のご予定は?

 えー等身大の在日を書く連作短編をつくろうと思ってます。ま一作しかできていないんで、あと二年ぐらいかかっちゃうかもしれないんですが、それは私の世代で私の考え方で、また難しいもので、バリバリの三世だったらできないんじゃないかって気がするんですね。
 せっかく文筆業という職業についているんですから、わたしじゃなければ書けないものを書いていきたいですね。いままでの在日文学では、かつて「きたない」とか「こわい」っていうイメージで語られた、括弧ツキの「在日」から抜けられないなっていう気がしていて、現実はもっと進んでいると思うんですよ。
 実際にきたないっていう人はもういないって思うし、葛藤のあり方も、「自分は何人なんだ」って言う方向より、「さてここでどうやって生きていきましょう?」っていうのが方向性を向いたほうがいい気がしますね。私は「帰化しようと思っています」って相談されると、わりと勧めますね。まぁでも民族名でしなよっていいますけどね。
 ここ数年で日本という国が本当に腹に据えかねたんで、在日に出会うたびに「帰化しなよ、帰化しなよ」なんて言ってるんです。とにかく選挙権をもって一票をもつって大きいと思うんですね。韓国籍の人って六〇万人って言われているんでしたっけ?その人たちが全員選挙権を持ったとき、あんたにだけはいれたくないって思わせるような暴言を吐いている政治家がいますよね。なんてこわいもの知らずなんだろうって思いますね。
 日本の選挙権ほしいなら帰化しなさいっていう人たちが、アメリカを引き合いにだして、国籍取得を当り前のようにいいますけど、私の立場だったら、「わかりましただったら帰化しましょう。その代わり日の丸と君が代はやめてください」っていいたいですね。そういうことに全然口だしさせなかったくせに、帰化すればいいじゃんっていうのはあまりに無神経な言い方だと思えてならないですね。  

―本当にこの先、この国はいったいどこへ進んでいくのでしょうね?   それでは最後になりましたが、そんな日本に住んでいる、在日コリアン青年にメッセージをお願いします。

 そうですね。自分の国籍なり、血なりに不必要にこだわるのはもったいないと思うから、個人として自分が何に向いているのか?そこで民族なり血が役に立つのならそれを思いっきり利用すれいいし、そういう風な道の開き方をしていってほしいです。
 実はたいしたことないんだよ、日本で生まれた韓国人っていう存在って。悩むほどの問題じゃないよ。っていう雰囲気にもっていきたいですね。

インタビュアー 姜芸真

インタビューを終えて

 鷺沢さんの小説には在日コリアンの若者を主人公にしたものが何本かある。日本でフツーに生きている在日コリアン青年、でも在日ならではの微妙な葛藤を心に抱いている。それは在日のありふれた日常なんだけど、意外と知られていない。そういう今どきの在日コリアン青年の日常を切りとった小説って今までなかった。
 在日文学というジャンルがあるとすれば、それは少々重くて暗いイメージがつきまとっていた。「在日」が持つ歴史性がそういう文学作品を生み出してきたのだと思うし、その重さから目をそむけてはならないと思う。
でも、これからの3世、4世たちにとって「在日コリアン」という自分、朝鮮半島というルーツが、ひとつの個性として生かされる、そんな時代をつくっていくことが今を生きる在日コリアン青年の役割なのかもしれない。
鷺沢さんの言葉はそんなことを伝えているような気がしました。(芸)

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「君はこの国が好きか」が舞台化されます! チケット優待

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