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『ペパーミント・キャンディ』が描いた「圧縮近代」韓国時代に翻弄されたヨンホ ~前編~

『ペパーミント・キャンディ』が描いた「圧縮近代」韓国時代に翻弄されたヨンホ ~前編~

作品名:『ペパーミント・キャンディ』(1999)

脚本・監督:イ・チャンドン
(原題:『박하사탕』、英題:『Peppermint Candy』)


0. はじめに

1980年代と1990年代、主に〝80年代の民衆、民族主義的な観点から民衆の現実を写実的に描いた〟コリアン・ニューウェイブは、映画を大衆の記憶を刻む一つの保管所と認識し、民衆の観点から映画を復元した。

また、国家主導の自由―反共―愛国―民主主義の等式への抵抗の拠点として、男性に代表される人間主義と民衆、民族主義的な観点を示している。

「チルスとマンス」(1988、パク・クァンス監督)、「成功時代」(1988、チャン・ソヌ監督)、〈中略〉「ペパーミント・キャンディ」(1999、イ・チャンドン監督)などが代表的なコリアン・ニューウェイブ映画と言える。

これらは、1980年代に階級と民族運動の洗礼を受けた監督の映画でもあり、国家の支配イデオロギーの観点に逆らって韓国の歴史に介入し、低い階級の現実を捉えようと試みた。1

 

『ペパーミント・キャンディ』(1999、イ・チャンドン監督)は、光州事件の経験で人生を狂わされた男の20年間にわたる物語である。この物語は、その間の政治情勢を背景にしつつ、彼の40代から20代までの20年間を、7段階に分けさかのぼる形で進む。

本論では、まず本作の逆時系列型構造のそれぞれのシークエンスでの出来事を簡潔に羅列していき、光州事件での主人公・ヨンホが遭遇した事件がどのように彼の人生の歯車を狂わしていったのかを解析する。

そして、1980年の光州事件とは何か、その事件を引き起こした当時の韓国の歴史的社会背景とはいかなるものだったのかを明らかにしていくことで、ヨンホの人格がなぜ大きく変化していったのかを理解することを目的とする。

1.『ペパーミント・キャンディ』の構造分析
■シークエンス①:「ピクニック」 1999年 春
昔務めていた工場の労働組合の集まりで、20年ぶりに仲間が集まっている。
歌と踊りで宴もたけなわとなった頃、長い間消息が途絶えていたかつての仲間・ヨンホが現れ、場を白けさせる言動をとる。
ヨンホは皆をよそに鉄橋の上へと登りつめ、列車に向かって立ちはだかり自殺する。
「帰りたい! 帰してくれ!」

 

■シークエンス②:「3日前」 1999年 春
ラジオの告知コーナーで、20年前同じ工場で働いていた仲間たちで、20年前と同じ場所にピクニックに行くという案内が流れる。

ヨンホは拳銃を密売人から買い取る。


突然ヨンホの前に現れた男に、自分の荒んだ生活を見せつけ、自分をこんな境遇に貶めた株屋、高利貸し、裏切った共同経営者である友人、妻……いったい誰を道連れにすればいいんだ?と、男に投げかける。

男はヨンホの初恋の相手スニムの夫であった。
男は、「スニムが貴方に会いたいと言っている」と、ヨンホを連れ出す。

スニムは、人工呼吸器で命をつないでいる危篤状態。
ヨンホは、ペパーミント・キャンディーをスニムに見せながら「すまない、スニム」と、泣きながら詫びる。「これは、あなたのものだとスニムが言ってました」病院を出ようとするヨンホに、スニムの夫が古いカメラを渡す。

ヨンホはそのカメラを質屋に売り払う際、中に入っていたフィルムを返される。そのフィルムを引っ張り出し、フィルムに写る画を見て泣き崩れる。

 

■シークエンス③:「人生は美しい」 1994年 夏

ヨンホは妻が不倫をしていることを突き止め、浮気現場に突入する。
ヨンホも、会社の事務員と不倫をしている。
ヨンホはある男と偶然再会する。
トイレで隣り合った先程の男に尋ねる。

「人生は美しい、だろ?」

 

■シークエンス④:「告白」 1987年 春

ヨンホはある男(↑の「人生は美しい」で再会する男)を逮捕する。
男に拷問で告白を強要する。
拷問の苦しさに負け自白した男に、ヨンホは尋ねる。
お前の日記に「人生は美しい」と書いてあったが、そう思うか?
男は答えない。

 

■シークエンス⑤:「祈り」 1984年 秋

新米刑事のヨンホは、 未だ取り調べを経験したことがなく、先輩たちにやってみるよう促される。
初めはぎこちなさがありつつも、すぐに暴力的な態度を見せるヨンホ。
取調べを終えると、スニムが面会に来ていることを知らされる。
「軍隊にも面会に行った」、と話すスニム。

ヨンホは、他人のように冷たい。
別人のようなヨンホに驚きながら、ヨンホの優しい手が好きだと言うスニム。
その途端、ヨンホは食堂の女の尻を撫で回す。
傷ついたスニムは、ヨンホにコツコツ貯めた金で買ったカメラを渡す。
しかしヨンホは、スニムにカメラを返してしまう。

夜、食堂の女(後の妻)の部屋で初めてSEXしようとするヨンホ。
行為の前に女は祈りを捧げる。

 

■シークエンス⑥:「面会」 1980年 5月

スニムが門衛の兵士に面会を求めるが、非常事態を理由に断わられてしまう。
そこへ出動命令が下る。
車で輸送される兵士達は、道を歩いているスニムを見て囃し立てる。
ヨンホは、スニムをただ見つめるだけ。

夜、市街戦。

足を撃たれたヨンホの前に人影が……。親戚の家に遊びにいった帰りの女子高校生だ。
女子高校生は戒厳令下で捕まれば大変なことになる。
許しを請う高校生に、「見つかる前に早く帰れ!」と叫ぶヨンホ。 ヨンホを探しにやってきた仲間たちに見つかる前に、女子高校生を追い返そうと銃で威嚇するが、誤って女子高生を撃ち殺してしまう。
自分が殺めてしまった女子高生を抱き、号泣するヨンホ。

 

■シークエンス⑦:「ピクニック」 1979年 秋

河原の花を見つめるヨンホ。
スニムが照れながら話しかける。 二人は恥ずかしそうに並んで歩く。
「いつかカメラを担いで、名もない花を撮り続けたい」とスニムに話すヨンホ。
スニムはペパーミント・キャンディーをヨンホに差し出す。
スニムに、咲いていた花を手渡すヨンホ。

「ペパーミント・キャンディ」後編こちら

引用文献
1 キム・ミヒョン責任編集『韓国映画史――開化期から開花期まで』(キネマ旬報社、2010年)pp332‐333

 

崔 正憲  (ちぇ じょんほん)

札幌出身の在日三世。

2005年 学習院大学経済学部経営学科 卒業
2015年 日本映画大学脚本・演出コース 卒業(一期生)

監督作品 『熱』(2015) 第9回 TOHOシネマズ学生映画祭 準グランプリ、第19回 水戸短編映像祭 準グランプリ 『DUEL』(2013) 『ナニジン』(2013)

インタビュー記事→こちら

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