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人間を死に追いやるデマと偏見

人間を死に追いやるデマと偏見

板門店で開催された南北首脳会談に出席した韓国・文在寅大統領と北朝鮮・金正恩朝鮮労働党委員長が、実はニセモノだった──そんなネット上の書き込みを目にしたときは笑うしかなかった。

 

本気で信じているのか、あり得ないことだとわかったうえで流布させているのか、いずれにせよ両国の”破談”を望む者たちにとって、こうしたデマこそがぎりぎりの抵抗だったのだろう。この程度であれば、近所に宇宙人が住んでいるといった類の話と同じで、無視するか笑い飛ばせばよいだけだ。

 

 だが、世の中には笑ってすますことのできないデマも数多く流布されている。振り返ってみれば、この10年あまり、私の仕事のほとんどはデマを否定することに費やされてきた。

 

 ありもしない「在日特権」に、あえて真顔反論し、沖縄が「基地で潤っている」というデマを覆すため、幾度も沖縄に通って取材を続けた。

 

 デマはときに差別と偏見の資源となる。憎悪を煽り、社会に分断と亀裂を生み出す。関東大震災直後の朝鮮人虐殺を持ち出すまでもなく、デマが人の命を奪うこともある。

 

 私がいま取材を進めている生活保護制度に関するデマも同様だ。

 

「生活保護利用者の多くは不正受給」、「生活保護制度はラクして生きるための制度」、「利用者は怠け者」、「制度が外国人に奪われている」──。

 

 生活保護利用者は貶められ、制度の意味は曲解され、まるで”不正の温床”でもあるかのように誤解されているのが現状だ。

 

 念のために伝えておきたい。いずれもまったくのデタラメだ。「不正受給」は存在するが、金額ベースでいえば、不正と判断された金額は生活保護総額の0.3%に過ぎない。

そもそも「ラクして」利用できるほどに使い勝手のよい制度ではない。なぜ働くことができないのかと執拗に聞かれ、教えたくもないプライバシーにも触れざるを得ないときもある。私が取材し事例のなかには、「風俗で働けばいいではないか」と役所の担当者に告げられた女性もいた。

 

 生活保護にまつわる最大の問題は「不正受給」ではない。先述したようなデマや偏見、役所の対応などによって、利用したくとも利用できない(利用しない)人が多数に上るということだ。

 

 各種調査によると、生活保護の捕捉率(生活保護を利用する資格のある人のうち現に利用している人の割合)は、20~30%だと言われている。これは先進国中、最低の数字だ。

 

 以前、生活保護バッシングの先頭に立っていた与党国会議員と週刊誌で対談したことがある。その議員は私と向き合うや否や、一気呵成にまくしたてた。

 

「怠け者がトクするような社会でいいわけがないんです! 生活保護もらって毎日、ゲートボールしている人もいる。アクセサリーを身につけて生活保護の申請にくる女性もいる。スマホを持つ受給者もいる。ホームレスでさえ糖尿病になる国ですよ!」

 

「悪いヤツほどよく眠れるようなような世の中であってはいけない。生活保護というのは日本の文化からすれば恥です。人様の税金で生活しようとするのですからね。それがいいことなんだと、権利を謳歌しようなどと国民が思ったら、国は成り立たなくなる」

 

 この議員が思い描く殺伐とした「福祉の風景」を思い、憤りよりも空しさが先走った。だが、日本社会の「気分」は、大筋においてそこに同調している。

 

 こうした視線が、ときに人を死に追いやる。

 

 数年前だった。役所の担当者に「働けるのだから頑張れ」と言われた女性は、まさに「頑張って」求職活動に励んだが仕事を得ることができず、結局、どこにも救いの手を差し伸べることなく体の不自由な妹と一緒に餓死した。

 

発信記録には親せきや友人でもなく、求職先の企業の番号ばかりが残されていた。女性の遺品。

 

 また、別の女性は生活苦から、やはり体の不自由な老親と一緒に無瑛心中を図り、自分だけが生き残ってしまった。殺人と自殺ほう助の罪で、彼女は今、女子刑務所に収容されている。

 

 その彼女から少し前に手紙が届いた。手紙には整った文字で次のように記されていた。

 

<社会のせいではありません。すべては私の責任です。年金に加入することもできなかった人生を恥ずかしく思います>

 

 彼女に「恥ずかしい」と思わせた社会の一員として、なんともやりきれない気持ちになる。

 

 おそらく彼女も「生活保護は恥」だという社会の空気を敏感に感じ取っていたのかもしれない。だからこそ、自らを恥じた。生きることより死を思った。

 

 そこまで追い込んだのは誰なのか。何なのか。

 

 デマで制度利用を貶め、貧困であることを「恥」と思わせる社会のありかたこそ、私には恥ずかしくてたまらない。(了)

 
安田浩一(ジャーナリスト)
 
1964年生まれ。週刊誌記者を経てフリーランスに。「ネットと愛国」で講談社ノンフィクション賞、「外国人隷属労働者」で大宅ノンフィクション賞(雑誌記事部門)を受賞。

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