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攻撃の矛先は”勝てる相手”に向けられる

攻撃の矛先は”勝てる相手”に向けられる
「正直、怖かった。憎悪が束になって自分に向けられているような気がしました」

そう話すのは、ある地方都市の女性市議会議員だ。

今年6月、事務所に女性用下着16点(約3万円相当)が着払いで届けられた。たまたま市議は不在だったため、事情を知らない事務所スタッフが代金を立て替え払いした。

市議は下着を注文した覚えなどない。事務所に戻り、デスクの上に置かれた下着を目にして、イタズラの被害にあったことを理解した。

“前兆”はあった。その2か月ほど前から、嫌がらせが相次いでいた。

最初はネットの書き込みだった。市議に対する誹謗中傷がネット掲示板やツイッターにあふれた。人格を貶め、社会からの排除を煽るような内容の書き込みばかりだった。

そのうち議会事務局や事務所に嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってくるようになった。

「市議を辞めろ」「非国民」「売国奴」

名乗る者はいなかった。一方的に怒鳴りつけ、あざ笑い、カタルシスを達成すると電話を切った。

さらに、脅迫状が舞い込むようになる。殺人を示唆するような文言の書かれた香典袋が事務所宛てに送られた。「死ね」「オマエの家族をのろってやる」などと赤字で書かれた封書も届いた。そこには銃を構えた男性のイラストが添えられていた。

そして──身に覚えのない下着が送りつけられ、その後も健康食品などが、やはり”代引き商品”として届いている。

端緒は、4月の初めに地元で開催された市民集会だ。講師として前文部科学事務次官の前川喜平氏を招いた。市議はこのときに司会者を務めている。これがメディアで報じられた直後から嫌がらせは始まった。

安倍政権批判を繰り広げた前川氏に、右派、保守派からの風当たりは強い。だが、攻撃の矛先は、より立場の弱い女性市議に、より醜悪な形で向けられることとなったのだ。

「攻撃の標的にされたのは主張や政治的立場への反論というよりも、私が女性であるからでしょう。相手が女性だからこそ、攻撃がエスカレートしたのだと思います」(市議)

おそらくその見立ては正しい。いや、それ以外に考えられない。

反撃できない、反撃が弱いと思われる相手に対しては、徹底的に攻撃する。嫌がらせを繰り返す。それが差別者の特徴でもある。

下着を送りつけるといった行為なども、その典型であろう。私もメディアで発言するたびに様々なハレーションを引き起こすが、さすがに性的嫌がらせを受けることはない。市議が受けたのは紛うことなきセクハラである。いや、痴漢そのものだ。まさに「女性であるがゆえ」に被害を受けたのだ。

自称愛国者にはこの手合いが少なくない。

自ら名乗ることなく、物陰から、勝つことができると確信できた相手にのみ攻撃を仕掛ける。つまりは卑怯者だ。そうした者ほど「愛国」「聖戦」「武士道」などといった言葉を使いたがるのだから、バカバカしくて涙が出そうになる。

在日コリアンの女性に向けて、ネット上で脅迫まがいのヘイトスピーチを繰り返したことで、結果的に法廷に立たされることとなった人物たちも、例外なく”口撃”だけには長けた卑怯者ばかりだった。

おそらく「愛国」を過剰に言い立てる者のなかに、本当の「愛国者」など存在しないはずだ(実際、私は出会ったことがない)。勝手に「国」へアイデンティファイし、いや、依存し、弱い者いじめを楽しんでいるだけだ。標的となるのは多くの場合が女性か子どもで、あるいは男性を矛先にした場合でも、匿名の藪に紛れ、集団の力を背景としなければ、一歩たりとも動けない。

そもそも社会を差別と偏見で破壊させている者たちの「愛国」に、どんな説得力があるというのか。

件の女性市議は今夏、地元の警察に被害届を提出。現在、脅迫の容疑で捜査が続けられている。卑劣な者たちに、きちんと責任をとらせることができるか。捜査の行方に注目している。

 
安田浩一(ジャーナリスト)
 
1964年生まれ。週刊誌記者を経てフリーランスに。「ネットと愛国」で講談社ノンフィクション賞、「外国人隷属労働者」で大宅ノンフィクション賞(雑誌記事部門)を受賞。

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