チョンソンです。さて皆さんは民団中央本部の初代団長・朴烈(パクヨル)の名前を聞いたことはありますか? えっない? そうですか……。
2017年に彼を描いた映画『朴烈』が韓国で公開されましたが、2月16日から日本でも『金子文子と朴烈』というタイトルで上映されることになりました。
1902年に慶尚北道の聞慶で生まれた朴烈は、1919年に日本に来てから社会運動に参加し、アナキストとしての活動を始めます。そして1922年、パートナーとなる日本人の金子文子と出会い、1923年に仲間とともに「民族的でもなく、社会主義でもなく、ただ叛逆という事」を目的とした『不逞社』なる団体を設立します。
映画は東京で出会った文子と烈が惹かれあうさなか、関東大震災が起こりデマにより同胞が虐殺されていく。そんな状況を目の当たりにした2人は、徹底的に日本政府に叛逆するーー、というストーリーになっています。
(C)2017, CINEWORLD & MEGABOX JOONGANG PLUS M , ALL RIGHTS RESERVED
そしてこの作品は史実を元に、1920年代の新聞記事を探し出すなど徹底的にリサーチをして、ディティールまで作り込んでいるのが特徴です。が、チョンソン的に一番の作り込みポイントだと思ったのは、朴烈のパートナー・金子文子を演じたチェ・ヒソさんの「言葉」でした。
チェ・ヒソさんによる金子文子
チェ・ヒソさんは1987年生まれで、小学校2年から卒業まで大阪の建国小学校に通っていました。建国は在日コリアンの民族教育をおこなう学校なので、皆さんの中にも通っていた方がいらっしゃるのではないかと思います。ヒソさんの日本語はほぼネイティブで、『金子文子と朴烈』を監督したイ・ジュンイク氏の前作『空と風と星の詩人 尹東柱の生涯』(日本では2017年公開)でも、日本人女性のクミを演じていました。
金子文子は9歳から16歳まで日本統治下の朝鮮で過ごしていますが、文子が生前に遺した手記『何が私をこうさせたか』を読んでも、彼女が朝鮮語を学んだという記述はありません。そこでヒソさんは文子を演じるにあたり、「日本語話者が勉強して覚えた感じの朝鮮語」を話しています。実はチョンソンはヒソさんにお会いしたことがあるのですが、その際に聞いたところ、セリフをひらがなに書き直して、日本語訛りの朝鮮語に聞こえるようにしたのだとか。
これまでの韓国映画でも多くの俳優が日本語を話してましたが、「……」と感じるものも多々あり、なんとかならんものかとモヤっていました。が、ヒソさんの金子文子はもう、ご本人が現代によみがえったのでないかと思ってしまう程ハマってました。
でも朴烈を演じた、イ・ジェフンも凄かった。何がどう凄いかというと、彼はこの役を演じるにあたり日本語を学んだそうですが、語学は一朝一夕で身につくものではない。なのに日本語の長台詞を、ヒソさんによればNGなしで演じきったそうです。発音こそ朝鮮語訛りですが、朴烈自体が朝鮮で育った在日だったので問題ナッシング。そして今回は映画『アイ・キャン・スピーク』やドラマ『シグナル』で見せていたようなスーツのキャラクターではなく、無鉄砲で無頼なアナキストを繊細かつ豪快に演じています。
韓服を着た朴烈に扮するイ・ジェフンさん
朴烈は関東大震災時の「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマによる朝鮮人虐殺を隠ぺいしたい日本政府により、「皇太子暗殺を計画した」という濡れ衣を着せられます。それはひとえに、朴烈が植民地主義の圧政に憤り、徹底的に反抗していたから。日本にとって目障りな存在だった朴烈と文子は大逆罪に問われ、死刑を言い渡されます。しかし2人は周囲を手玉に取るような言動を重ね、自分たちの存在をより強いものにしていく。そして国を超えた仲間たちと、折れることなく反抗し続けます。
でもこの戦い続けたアナキストは、ヒソさんによれば韓国内ではあまり有名ではなかったとのこと。とはいえ映画がきっかけで「こんな人いたの?」と話題になり、そこから「こんな人たちがいたんだ」と、植民地時代でも文子をはじめ、良心的な日本人がいたことを知る人が増えたそうです。
戦争のことや朴烈を少しでも知る世代にはどこかノスタルジックで、韓流ファンにとっては、主演2人のキラキラ演技がまぶしい。そんな作品に仕上がっています。そして内容自体は決して明るくないのに、国を超えて愛し合う烈と文子を見ていると、心にじんわりと温かくなります。
この作品には映画『暗殺』や『空と風と星の詩人 尹東柱の生涯』、ドラマ『ミスター・サンシャイン』で日本人を演じたキム・インウさんや劇団・新宿梁山泊の金守珍さんなど、在日・在韓同胞が複数出演しています。
なので日本語話者が韓国映画を見てて感じる、日本語へのモヤモヤは全然なし!
水野錬太郎役のキム・インウさんは宮城出身の在韓同胞
裁判長を演じる、劇団・新宿梁山泊の金守珍さん
ちなみに文子がアルバイトをしていて、烈や仲間のたまり場になっていた「社会主義おでん屋」は、定食屋として日比谷に現存しています。今はおでんはやっていないようですが、烈と文子の面影を探しに、ぜひ足を運んでみたいと思いました。
ではまた!
(チョンソン)
映画『金子文子と朴烈』公式ホームページは→こちら
2019年2月16日(土)よりシアター・イメージフォーラム、シネマ―ト心斎橋など、全国順次公開予定です。
劇場情報はホームページをご確認ください。