物語に描かれて初めて、そこから離れたことに気づく
チョンソンです。なんかポエムみたいなタイトルになってしまいましたが、皆さんはお元気でしたか? そろそろ街も人も動き出しつつあるけれど、まだまだ油断はできない気がしますね。
この2カ月弱、身動きが取れない中で、誰もが不安だったり怒りだったり楽観だったりと、色々な気持ちを抱えていたことでしょう。チョンソン的には「自分も歴史の中の一部なんだな」という思いを抱えていました。そして「2020年に起きたことを、いつか振り返る日が来るのだろうか」とも考えていました。
この「いつかの振り返り」のきっかけになるものと言えば、映画やドラマですよね。たとえば映画『チスル』では4.3事件を、『タクシー運転手』では光州事件を振り返ったり、知ることができました。逆に言えば物語として描かれて初めて、離れた場所から振り返ることができるのかもしれません。だって渦中にいたら、それどころではないですから。
今回紹介する『はちどり』は、1994年のソウルが舞台の映画です。主人公は中学2年生のウニで、勉強よりも男の子に興味を持ってみたり、思いを寄せてきた後輩女子とデートしたりと、思春期ならではの忙しい日々を送っています。ウニは両親と兄&姉と江南のマンモス団地に住み、家はトック店を営んでます。父親は横暴で母親は娘の話を聞かず、姉は高校受験に失敗し兄は「ソウル大に行け」と言われるプレッシャーから、ウニに暴力を振るっている。でも14歳の彼女は、「ここではないどこか」に行くこともできず、 馴染めない学校と興味のない漢文教室に通い続ける以外ありません。両親は流血沙汰のケンカをしても翌日にはケロリとしているし、兄からの暴力を「早く終わって」と思いながらも、抗う術はない。ウニは矛盾だらけの閉じた世界に生きる、小さくか弱いものように描かれています。
ある日そんなウニの前に、ヨンジというソウル大を「長く休学している」女性が現れます。タバコを吸い、どこか影のあるヨンジは、おそらく学生運動をしていたのでしょう。「知っている人の中で、本心まで知っている人は何人?」と問いかけるヨンジは、ウニの世界に小さな風穴を空けていきます。そして友人のジスクとケンカしたり、彼氏の母親が交際を反対したりする中で孤独を深めるウニの、かけがえのない存在になっていくのですがーー。
これ以上書くとネタバレになりそうなので止めますが、1994年といえば金日成国家主席が死去し、漢江にかかっているソンス大橋が崩落したりと、韓国的には激動の1年でした(ちなみにこの翌年、教大にあった三豊百貨店が崩落事故を起こして500名以上の死者を出し、さらに3年後にはIMFが国家破綻を防ぐために緊急融資をしています)。ウニ自体はこれらの出来事の当事者ではありません。しかしとても小さな鳥=はちどりのようでありながらも、社会の中で起こることと決して無縁ではない存在として描かれています。10代の女の子であっても、確かな歴史の一部なのだということがウニを通して伝わってくる、そんな作品に思えました。
これが長編デビュー作という監督のキム・ボラは1981年生まれで、まさにウニと同年代。自身の体験をベースにして、この作品を作ったそうです。ウニの住む江南は開発のまっただ中にあるけれど当時は本当にそんな感じだったし、ウニやジスクが持っているベネトンやカルバン・クラインは、確かに90年代の韓国で人気がありました。こうした細かいディティールのひとつひとつに、リアリティがあふれています。
現在の江南は開発されきったし、漢江からももはや、橋が崩落した過去を感じ取ることはできません。でもそれは長い時間が経ったからではなく、トラウマを克服しようとしてきた、多くの人達の奮闘があったからこそ。だからこうして物語のモチーフとなることができ、人々はその物語を通して、かつてを振り返ることができるのだと思います。
『はちどり』は94年の話だけれど、95年の三豊百貨店の事故は前回ちょっと触れたドラマ『チョコレート』で、97年のIMF融資は映画『国家が破産する日』で描かれていますが、『はちどり』と『国家~』は2018年に、『チョコレート』は2019年に制作されています。短い期間で近い時期をテーマにした作品が出たことで、私は「韓国は90年代を振り返るタームに突入したんだな」と、しみじみ思いました。とはいえウニが受けていたDVや学歴至上主義&拝金主義、親とのすれ違いなどは、決して終わった話ではなく今も世界中の10代を悩ませていますが……。だから今10代の人にとっては25年前の話でありながらも共感を寄せられるだろうし、かつて10代だった人にとってはウニを通して過去の自分と世界を、振り返ることができるかもしれません。
ようやく映画館も再開されたこともあり、『はちどり』は6月20日から全国で公開されることが決まっています(前回紹介した『マルモイ』は7月10日になりました)。大きなスクリーンで映画がまた見られるようになって嬉しい! ぜひ皆さんも映画館に足を運んでみてください。ではまたアンニョン。
公開日程や劇場情報など公式ホームページをご覧ください
↓↓↓
https://animoproduce.co.jp/hachidori/
(チョンソン)