自伝と言いつつ中身は他伝? 文大統領の自伝が発売に
チョンソンです。文在寅大統領の自伝『運命』(岩波書店)が10月5日に出版されたので、さっそく読んでみました。
大統領に就任して1年が過ぎたので、自身の生い立ちやこれまでの道のりをまとめたものだとばかり思っていました。が、まず始まりからして全然違いました。
この本の主人公は、私と一緒に「運命」をつくってきた大勢の人々、そして彼らとともに生きてきた時代です。
韓国の近現代史は挑戦の歴史でした。植民地化と分断、戦争と窮乏を乗り越えて、経済発展と民主主義を目指した歴史のうねりは厳しいものでした。そのうねりをつくったのも人ですが、いまにも氾濫しそうな激流を制していったのも人でした。
そのような人たちのうちの一人が廬武鉉元大統領です。
(『日本語版への序文』より)
と書かれているように、第1章は廬武鉉元大統領が亡くなった日から始まります。そこから2人が出会い、「友」と「兄」として人権弁護士の道を歩む中、数々の時局事件(公安事件や労働紛争、政治批判デモなどの時局に関連した事件)を担当するまでに話は巻き戻ります。
当時の韓国は朴正煕政権から全斗煥政権となり、民主化を求める学生や市民の抵抗が高まっていました。このあたりについては映画『タクシー運転手』や、現在公開されている『1987、ある闘いの真実』などでも知ることができますね。その激動の時代に人々を助ける弁護士として活躍していたのが、廬武鉉元大統領と文大統領だったのです。
民主化抗争の激化は1987年1月、ソウル大生の朴鐘哲さんが警察の取り調べ中に拷問で殺されたことがきっかけですが、彼の国民追悼会が同年2月7日に全国で開かれました。朴鐘哲さんは釜山出身だったこともあり、釜山でも多数の市民が集まったそうですが、警察は会場となった寺を封鎖しました。廬武鉉元大統領と文大統領は抗議の座り込みを続け、催涙弾を浴びたのち連行されたのです。文大統領は48時間を過ぎてようやく解放されたものの、検察は廬武鉉元大統領の逮捕状を請求。しかし大韓弁護士協会などの尽力により、結局逮捕状は発行されませんでした。
これを機に釜山では市内のあちこちでデモが頻発するようになり、その規模は全国の中でも一番大きく、熾烈なものだったと書かれています。
87年6月の「六月抗争」により軍事独裁政権は事実上倒れましたが、実はソウルのデモは6月中旬以降は小康状態になり、他の地域でも勢いがそがれていきました。しかし文大統領によれば、釜山は6月半ば以降さらに燃え盛っていき、市民の籠城場所となった釜山カトリックセンターが全国の抗争の中心点になったそうです。文大統領はこの時のことを
六月抗争の歴史を振り返る際に、釜山の役割がきちんと評価されることなくソウル中心に叙述されていることは私たちにはとても残念に思えるし、ソウル中心の考え方の産物だと言わざるを得ない。
と振り返っています。
釜山の抗争が民主化に大きく影響していたのを私は初めて知りましたが、立役者の1人の廬武鉉元大統領を見つめる文大統領のまなざしは、映画『弁護人』の主人公で人権派弁護士のソン・ウソクを支える事務長、パク・ドンホのよう。ウソクをソン・ガンホ、ドンホをオ・ダルスが演じていたので、なんとなく2人の姿で脳内再生したくなるほどです。
第2章ではさすがに半生に触れているものの、話のほとんどは廬武鉉元大統領とのエピソードや、廬武鉉政権時代の記録になっています。自伝と言いながらも、これでは大統領の元側近による回顧録じゃないのよ……。と思ったけれど、本国での初版発行は2012年で、朴槿恵前大統領と争った選挙前に「出馬宣言」として出されたものだと解説にあり、納得しました。だからこの本は、日本の報道ではわからなかった廬武鉉元大統領の姿と、彼が生きた時代を知る1冊と考えて良いと思います。
文大統領は大統領に就任した直後の2017年5月23日、廬武鉉元大統領の8周忌追悼式に出席しました。そしてその場で
現職の大統領として
この場に参席するのは
今日が最後になります。
これからはあなたを全て国民にお返しします。
と語りました。
私はこの言葉を聞いた当初は、深く意味を捉えることができませんでした。しかし文大統領がなぜ大統領として追悼式に参加するのを最後にしたのか、「これからはあなたを全て国民にお返しします」と言ったのか。この本を読み終えた今、ようやく理解できるようになりました。
政治家などの個人名が列挙されているので、やや読みにくいかもしれません。しかし今こうして生きている時代の少し前、韓国でどんなことが起きてそれがどう今に繋がったかを知ることができます。そして廬武鉉元大統領を支えきれなかった痛みを正直に語る、文大統領の人間力も同時にわかります。
ということで「とりあえず在日なら読んどけ!」と言いたい1冊です。ではまた!
(チョンソン)
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■ タクシー運転手
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